塾は学校ではありません。塾の先生の中には、学校など行かずに、塾に来ればいいなどとおっしゃる方もいますが、それは暴言だと思います。教育の三本柱の「知育」「徳育」「体育」のうち、少なくとも「体育」が出来ない以上、学校のミニチュアにはなれません。

 仮に塾を教育機関の一つだと位置づけるなら、知育をメインとした、徳育も若干混じる専門学校といったところでしょうか。つまり、あれもできます、これもできますというような、何でも出来る塾になってはいけないと私は考えます。

 私塾という民間教育の場は、画一的な公教育の場とは違います。塾は塾長の理念に賛同するご家庭のお子さんが通えばよいのです。補習の生徒もでも、難関校受験の子でも、不登校の子だって、障害のある子だって結構です。優等生も不良も何でもかんでも扱います。でも、意識は『上野桜木教室の子』というレベルにまで持っていきたいと思うのです。異なった意識を持つ家庭をまとめることの難しさは今の学校を見ていても無理な事だとわかるので、小さな我々が出来るわけが無いということが明白です。

 学校とは一味違った、そして似た意識を持った子供たちが集まり、学校は違ってもすぐに友達になれるような環境、それが私たちの「理想の塾」なのです。
 大手信者も良いでしょう。塾長信者も良いでしょう。いろいろいて構わないのです。ただ、その塾がどんな塾なのかをしっかり見極める事が大切です。

 「○○塾に行っているから安心」「誰々さんのお子さんは○○塾に行っているから、頭がいいのね」  それがこの街の教育レベルだとすれば嘆かわしい事です。

 上野桜木教室はどんな教室なのか?
  子どもを「育てる」塾です。
 それ以上でもそれ以下でもありません。

 何でも出来る塾にはなりません。