先日、テレビに出ていた中学受験を目指す小学生、しかも御三家と呼ばれる学校を目指す小学生の生意気なことといったらありません。(笑)

 将来の夢はと聞かれて「財務省に入省したい」などというのは序の口で、「少なくとも公務員は魅力的ですよね」「え〜、私はですねぇ…」  こんな子供が果たして将来の日本を支えることが出来るのでしょうか?(笑)
  これは受験制度云々以前の問題ですが。

 学習内容の先取りは結構ですが、それによってこんなオヤジくさい小学生を生み出してしまったり、夢の無い子供を生み出してしまうのでは本末転倒です。千葉大などにはエリート養成のための飛び級制度がありますが、エリートという概念の基盤に乏しい日本では、やはり歪んだエリート養成が行われているのではないか?なんて思ってしまいます。

 大人はついつい「転ばぬ先の杖」を子供に与えがちです。しかし、それは大人が自分で経験したから言えることであって、経験のない人間はそれを実感できません。したがって、「頭で理解できる子供」と「出来ない子供」が出てきます。
 しかし、経験も無く頭で理解したことが果たして役立つかと言えばかなり疑問が残ります。大きな失敗をしない程度に『痛い思い』も子供にさせておかないと、危険回避のサイボーグを作ってしまうことになります。
 今の子は何かをやり遂げようという熱意も根性も無い…などと嘆く声が多く聞かれますが、こう考えてみるとそんなことは当然だと言えます。

 学校へ行く意味なんか無い…大学へ行っても意味はない… 
 キツイ事を言うようですが、「お父さんお母さんを見れば、大学へ行っても大したことがないのは分かる」のです(笑) 

 ですから、「お前は将来こうなって、こうなって…」と教え込むよりも、複数の道を作ってあげ、それを生徒自身に選択させていく方が、人生教育上どれほど良いかわかりません。
 当然失敗もあるでしょう。見ていてもどかしい時もあるでしょう。それでもグッと我慢して大きく道が逸れないように、また誘導されていることを悟られないように見守っていてあげるのも、実は何でもかんでもこれから起りうる出来事を教えてしまい、順風満帆の人生を歩ませるよりどれほど有意義かわかりません。

 その昔、就職活動中にある大手会社に訪れた際、そこの社長が挨拶上こんなことをおっしゃいました。

 「君たちにあるのは可能性だけで、今のところ何の役にも立たないんです。でも、それが一番大きいし、楽しいのです」

 自分の将来にワクワクがなくなったらおしまいです。
 ましてやまだまだこれからという子供たち。
 その子供たちから将来に対するワクワクを取り上げるようなことだけはしたくないものです。