「自信が無い子」というのは、大人が見るとすぐ分かります。小学生や中学生はおろか、それこそ就職活動中の大学生や新社会人に至るまで、いわゆる「大人」が見れば、そんなものは一発で分かるのです。

「自信の無い子」は、勉強でも仕事でも、失敗する可能性が高い… と、普通は思われます。だから、学生であれば「心配」の対象になりますし、就職や社会人の場面では「敬遠」の対象になります。そんな不安要素の多い、リスクの高い人材を抱えるほど、今の会社には余裕がありませんからね。

では、この「自信」とは、どこから生れるのでしょうか。
よく、塾に来られるお母さんが仰ることに、「自信をつけさせたい」「自信を持ってもらいたい」というのがあります。恐らく一番多いのではないかと思います。その「自信」はどうすればつくのか…

それは、ほとんどの場合「裏付け」から来るのです。
「自信」は「裏付け」から生れるのです。

客観的な裏付けでなくても構いません。、まだ結果が出ていないものでもいいのです。ただ、自分にとって「これだけやりました」「がんばりました」「練習はしました」「あとは本番がんばるだけ」そう思える「裏付け」があるかどうか、それが「自信」を生んでいくことがほとんどなのです。

例えば、数学が出来なくて自身が無い子。
それは、確かに出来ないのでしょうが、大半は「やっていない」「放置している」がゆえの自信の無さ。塾に来てやり始めたら、それが少しずつでも解消していきますから、「塾で勉強している」「やり始めた」という、ほんの少しの「自信」が生れます。「問題に○がついた」「先生に誉められた」「小テストで70点取れた」などというものから、「ノートがキレイだと誉められた」「がんばってるねって言われた」などというものまで、とにかくプラスの要素が増えてきます。

すると、「自己肯定」出来るようになってきます。
自信とは、「自己肯定」と置き換えることも出来ますね。その自己肯定には、理由が必要だということなのです。

たとえ、正式な場面で結果が出ていなくても良いのです。学校のテストではまだ良い結果が出ていなかったり、模擬試験ではまだ伸びが見られない… それでも良いのです。「自分はやっている」「努力している」「本気でできている」という裏付けがあれば、ちゃんと「自信」を持った顔になるはずなのです。

それは、ほとんどの大人が瞬時に判断できるはずです。

反対に、「根拠の無い自信」は最悪の結果をもたらします。アメリカ人が大好きな(!?)ビッグマウスというのは、カッコ良さそうに見えますが、結果が出なかったときの惨めさたるや、目も当てられません。ところが、ゆとり教育の中で育ってきた子どもたちの中には、「そういう自信を持つことが望ましい」と習ってきている子がかなりの確率でいます。良いイメージだけを持つことが素晴らしいことで、悪いことへの「備え」をしておくことは「マイナス思考だ」などと教えられています。

つまり、「大地震はきっと起きない」と考えることがプラス思考で、「万が一の備えをしなさい」などと言うと、「嫌なことを言われた」「マイナスな方へ引っ張られた」などと落ち込み、泣いたりします。

これが「間違った考え」だと、大人は声を大にして教えなければならないのですが、どうも最近はそういう常識が通用しない場面もあるようなのです。是非、「社会常識」的な正しい「自信」を子どもに持たせてあげられるよう、しっかりと「裏付け」をつけさせてあげて下さい。

今年も、既に、人が変わったように「自信」を持ち始めている生徒が何名かいます。私達は、私達の教育が「正しい」という「自信」を持っています。もちろん、20年以上それを続けてきて、多くの結果を見てきたという「裏付け」があるからです(笑)