最近の子の傾向を見ていると、とにかく問題文を読まないというのが多いなぁ…と思います。もちろんこれは昔から言われることで、古くは金八先生のネタにもなっていたくらい。ですから、今に始まったことではないのですが、それでも、特に例のゆとり教育を受けてきた子には、その「言語能力」「言語感覚」の弱さを著しく感じます。

 特にそれは国語ではなく、小学生の算数に見られれます。

 たとえば今日も、

 「つぎの帯分数の整数部分を1小さくしたものを書きなさい」

と書いてあるにもかかわらず、「1より小さくしたもの」と読み違えて、全部整数部分を仮分数に直してしまった子がいました。
 「良く読みなよ…」
と指摘すると、「ありえねー」とか「ズルい」とか…

 いや、日本語読めないアンタがわるいんですけど?と指摘して叱りましたが、あまり「オレが悪いんじゃない…」「問題が悪い」的な態度。大丈夫かなぁ?とか思います。

 また、考えない子も多いですね。
 「先生、これは約分してもいいんですか?」
 「これは7で約分できますか?」
 「先生やりかた教えてください」

 オレの説明聞いてないの?とムッとすると、ヘルプ!と言います。だから、「オマエにはもう教えない!」と言うと、教えてくれなきゃ出来ないと言います。さすがに、「考えない子は100万年やっても出来るようにならないね」と突き放すと、仕方なく自力でやり始めます。

 で、答えは…  合ってるんです。分かってるし、出来るんですが、自分で考えようとしない。これ、今の子どもの傾向です。

 「消費者的態度」

 つまり、「先生教えるの仕事でしょ?」的な態度で、面倒な「考える」という作業はしたくないわけです。

 私は、親御さんの代わりに、お月謝を頂いて、子どもにわざわざ「面倒なこと」をさせて鍛える、それが塾の仕事だと考えていますから、子どもの消費者的態度は叱ります。

 お客はオマエじゃないから(笑)

 です。日本語できちんと伝達したり、意図を読み取れる、そんな教育を地道にやっているのが我々です。ですから、考えないでただ数字を当てはめてみたり、「掛ける」ななければ「割る?」みたいな発想で勉強している子は、これまたきっちり叱ります。

 テキトーな「ヤマ勘」で勉強する意味などどこにも存在しません。
 宝くじじゃないので。

 何も考えず、反射神経で問題を解き、スピードだけを競うような教育を幼い子に施してはいけません。意味が分かって、じっくり考え、正しいプロセスで物事を考えられる人間を育てたいと思っています。