仏教の用語で「善友」という言葉があるそうです。
 お互いに高めあうことが出来たり、心の成長ができるかけがえの無い友人のことを指すのだそうです。

 私は、「なぜ、よりレベルの高い学校へ進学するほうが良いのか?」と質問されると、「よりよい友を得るため」と答えます。正にこの「善友」のことなのかもしれませんね。

 逆に仏の教えは、自分を堕落させる友や煩悩が増える友などとの付き合いは排除するべきだと教えているそうです。確かに、「悪友」というべき関係の人間も、長く生きていれば多く存在します。ただし、本当の意味での「悪」友と、逆の意味での「悪」友がいますから、一概に言葉尻を捕まえるだけでは判断が出来ませんね。

 ただ、「この人といると、心が汚れていく」「心がささくれ立っていく」と感じる人間とは一緒にいてはいけないでしょう。悪い心がムクムクと出てきて、人に対する思いやりもなくなり、残酷無比な行動を取れるようになってしまう… そんな人も中には存在します。こういう友人と出会わないためにすることが出来る最善の努力、それはきっと「勉強」なんでしょう。

 もちろん、どんな集団に属しても、変な人はいますし、やさしい人もいれば残酷な人もいます。人はそれぞれですから。しかし、その絶対数は残念ながら変わってくるでしょう。無知な人間ほど攻撃的ですし、それは防御本能だから仕方ないことです。知恵が無ければ明るい未来を切り開くことすら想像できないでしょう。

 生涯付き合える、また、尊敬できる友人を得ること。
 それが進学のかなり大きな意味合いになると私は思います。