自分ごとなら人は動きます。
他人事というのは、その実感も無いので、別にあってもなくても良いことのように思われますよね。

世に、スーパースター講師ばかりを集めた塾や予備校というのがあります。それをウリにして、ダントツの講師力や、スーパースターの数を他との優位性として前面に押し出しているところがありますよね。

しかし、では、ジャニーズタレントや大物芸能人のように、確かに実力もあり、カッコよかったり(美人だったり)して、皆の憧れの存在であることが、自分への影響力を持っているかというと、それはそれで疑問が残ります。だって、あれは所詮TVの中でのことでしょ? 自分の夫や妻がタレント並みの美貌を持っていなければいけないわけでもなく、またそうでなければ愛せないわけでもなく、また、かえってそんな大物と一緒にいることで落ち着いた生活が出来ないかもしれないじゃないですか。

つまり、自分の生活の中、人生の中に関係するものと、スーパースターに憧れたりする気持ちというのは、実は全くといっていいほど次元の異なるものなのです。ですから、お話も出来ないようなスーパースターの先生に習ったところで、成績が上がるかどうかは本人次第。むしろ、自分の手の届くところで手本となる先生のほうが、よほど現実感を持って頑張れるというものです。

自分には関係ないこと… と感じることの世界では、「憧れる」ということから「頑張る」という気持ちへ「置き換え」が出来るれる人だけがきっと頑張れるのです。ありていに言えば、随分とかけ離れた「下からスタートの人」はついていけないというのが現実でしょう。「所詮あんたは出来る人なんだよ」「元々能力が高いんでしょ?」「アンタは出来ても、私は出来ない!」そう思われるのが関の山。

絵に描いた餅が食えないのと同じことで、「自分に関係ないこと」は、所詮「自分に関係の無いこと」でしかないのです。現実化することは、不可能でないにしても、不可能だと感じ、努力をするモチベーションにはなることが少ないでしょう。

むしろ、自分の手の届くところに、自分と同じような状況から栄光を手に入れた先生が、「オレも出来たから頑張れ」と言ってくれたほうが全然プラスです。つまり、私の持論としては、

「先生はスーパースターであってはいけない」

のです。

世の中もその方向性ですよね。今や誰しもが知っているスーパースター不在と言われます。裕次郎や美空ひばりのような、日本を代表する…的な人がいなくなりました。今一番注目されているのは、会いに行けるアイドル「AKB48」じゃないですか!

桜学舎は、モー娘やSMAP、嵐などといった手の届かない人たちではなく、AKBのような、身近で親近感を持てるスタッフであることを目指します(笑)