「先生」と呼ばれる職業には賞味期限があると、ある大手塾の社長さんに言われました。数年前にお会いして、お話を聞いた時のことです。

 つまり、第一線の、人気講師としての賞味期限。それは35歳だそうです。その塾は非常に多角化された経営をしていて、英会話から映像を使った個別指導から、果てはフリースクールまで… なぜそんなにいろいろやるのかと聞けば、賞味期限の切れた講師が管理職になったり経営者になったりするときの受け皿として、年齢が上の人間でなければ出来ない仕事を作っているのだとか。多くの正社員を抱える大手も大変なんだなぁ…と感じたのを覚えています。

 かつて、自分が第一線で授業に出ていたときは、「オレの授業を聞け」「オレの言うことを聞けば受かる」と、そんな思いがありました。それは多少自惚れもありましたが、授業の工夫に命をかけていましたし、授業こそが商品だと思っていました。専門にやっていた国語については絶対の自信がありましたし、「こうでなければならない」という思いもありました。

 しかし、現実問題として、世の個別指導塾の講師や家庭教師のほぼ全てが大学生講師です。桜学舎にも多くの学生講師がいます。が、ちゃんと教えられていますし、結果も出ています。出来るようになるんですね。この現実は私には非常にショックでしたし、悔しいことでした。しかし現実なのです。

 では、賞味期限を超えた我々が果たすべき役割は何かと考えると、それはもっとトータルで考える生徒のケアなのでしょう。つまり、教室全体を見渡すマネージャー的な役割。吉田は以前からその視点で教室を運営していましたが、最近私もそちらへシフトしつつあります。もちろん授業には出ていますし、生徒とお話することも大好きです。が、進路のケアや生徒の心のケアなど、家庭で言えばお父さん的役割を果たすことが第一であると認識し始めました。

 この1年。今年だけは本当に生徒を叱り飛ばすことが多々ありました。勉強が出来ないからと言ってしかることはありません。が、宿題を忘れたり、無断欠席をしたり、親の目を盗んだりは決して許しませんでした。落ち込んだ生徒を慰めることも多々ありました。逆にほめることももちろん沢山ありました。振り返ってみると、学習内容云々よりも生徒の心の中を見るように心がけたからだと思います。これは、ある程度歳を重ねないと出来ないことです。今年生徒に一番言われた言葉、それは、「先生、何で分かるの!?」でした。「オマエ、今○○だろ?」と聞くと、図星だったりするのです。

 「教える」だけなら学生でもある程度心得があれば出来ます。むしろ若い先生の方が親近感を持って楽しく勉強できるかもしれません。要所要所だけ我々が出て行けばいいのかもしれませんね。しかし、その子が本当に困っていたり悩んでいたら、若い講師では対応が上手くいかないかもしれません。若い講師と我々の壁を作らないことも、実はとても気をつけていることです。

 3年前、授業が終わっても玄関先で私達とおしゃべりを1時間もして帰る2人がいました。残念ながらその年の受験には振られてしまいましたが、地道に努力を続けてきた結果、今年高校入試で素晴らしい結果を出してくれました。と言ってもまだ受験中ですから。もっと大輪の花を咲かせることを期待していますが、やはり彼らの成長は桜学舎の自慢です。感動的です。

 3年間ずっと彼らの授業に入っていたわけではありません。もちろん彼らもいいときもあれば、悪いときもあったでしょう。経験が浅い講師や教室長であれば、ちょっと成績が悪くなったら「補習しましょう」「授業を増やしましょう」という提案しか出来ないでしょう。しかし、私達は「成績が悪くなる」、イコール「授業に原因がある」とばかりは考えません。学習に向かない心や、学校でのトラブル、気になっていることなど、何か違うことが原因になっていやしないかとも考えます。長い目で見る、生徒の心の中を見るとは、そんなことです。

 万人受けするファミレスの味が好きな方もいるでしょう。それはそれで悪くありません。しかし、私はここでしか食べられないというオーナーシェフのこだわりの味が好きです。焼いたり、盛り付けたり、料理を出したりするのは学生のアルバイトかもしれませんが、素材や料理はシェフのこだわった味、そんな店が好きです。

 大手はファミレスなんだと思います。私達は町のこだわりオーナーシェフの店。食べ方にうるさかったり、オススメがあったり… 害のある農薬(=無駄な受験テクニック)を避けたり、栄養バランス(=学習法やバランス)にこだわったりと、いろいろ面倒なのですが、お子さんの健康(=成長)を考えてやっていることが多くあります。桜学舎のこだわり・イズムを少しでもご理解頂ければうれしく思います。