最近、「そうか!」と強烈に感じたことがあります。今までの謎が全て解けた…くらいの出来事でした。それは、「出来る子」と「出来ない子」の大きな差について。

 1年前のある学年の子たち。正直、「今の子ってこんな感じなのかな?」と思うほど、まず落ち着きがありません。授業中トイレに行く、鉛筆を削りに行く、自分の答えを言いたがる、果ては「今日ね、学校でね…」と授業とは全く違う話をし始める… こりゃ、生徒を30人も抱えている学校の先生は大変だ…と思った記憶があります。えらいこっちゃ…

 この1年間、いろんなことがありました。誉められたり、叱られたり、残されたり、笑ったり、泣いたり… 合宿があったり、イベントに出かけたり、とにかく最初は大変な感じでしたが、それでもこのところ成長してきたんじゃないかな?と感じる場面もチラホラ。

 そして、今冬から新しいメンバーが加わりました。次々と加わってきたメンバーに、最初はビビっていた初期メンバー。追い抜かれるんじゃないか、自分のポジションが奪われるのではないか… そんな恐れがあったようですが、「大丈夫だよ!」と言い聞かせていました。

 さて。実際はどうだったか。新しいメンバーには、かなり出来るであろう子も中にはいます。ポテンシャル十分という子もいます。しかし、同じように指導してみると、大きな違いがあります。それは何か。それは、「聞く力」です。

 今の子は、ゆとり教育のいい面も享受しているので、自分の意見を言ったり、自分で考えてみたりするというクセがついています。これ自体はとても良いことです。しかし、欠けてしまったこともあります。これが人の話を聞くということです。先生の話、友達の話、親の話を話半分で聞いていて、「分からない」「知らない」と言うような子が多く見られます。こういう子は、新しい知識を吸収するスピードが遅くなりますから、学習における成長スピードもゆっくりです。聞く力が付いてくるにしたがって、加速度的に成績が上がりますが、最初はなかなか成績が上がりませんし、前進している感じもしません。原因はここです。

 実際、同じように指導すると、1年間授業を続け、話を聞き続けてきた子は、もう説明を全力で聞くことに慣れています。その場で理解することにも慣れています。ですから、練習問題をやらせても、サッと出来てしまうのですね。しかし、聞く力が出来ていない子は、説明が終わると、分かっているような顔をしますが、すぐ練習問題をやらせても手が止まります。単純に数字を入れ替えるだけの問題だったりするのですが、それでも「教えてもらったとおりにやってみる」ということが出来なかったり、「ボクのやりかたでやってみる!」なんて言ってしまったりします。

 「知らないことが頭から出てくる」「ふと神の啓示がある」… そんなことは無いわけで、やはり未知のものは新しく「知る」ことが大切であり、それには人の話を「聞く」という力がとても大切です。大人でも、自分のことばかり話している人は変な人ですし、子どもでも心配になる子でしょう?

 最初のうちは、順を追って、一つひとつ噛み砕いて話をしていかねばならないかもしれません。手がかかります。が、丁寧に話をしてあげることが、お子さんの「聞く力」を育てるでしょうし、子どもだからと言って何でも頭ごなしに言うのではなく、叱るときですら理由を明確にしながら理性的に説明してあげる必要があります。とにかく、話を聞かせる必要があるのです。

 「出来ない出来ない」と思っていた子も、いつの間にかちゃんと話を聞いて出来るようになっています。普段は気づきませんが、ふとそれが分かる瞬間があります。「ああ、それでも成長してるなぁ…」と。正直、一番うれしい瞬間です。

 この力をつける時期は、おそらく小学生でしょう。しかもまだ素直な4年生あたりまで。ここらから少しずつ訓練をしていくと、徐々に成長が見られ、中学でもあまり問題が無く学習を続けていけるように思います。そういう意味では、中学入試の受験勉強というのは意味のある勉強なのでしょうね。

 「出来る出来ないの差は、『聞く力』の差」 あらためて私達も深く感じました。