この土日。
また、妻の実家へ行き、義母の四十九日法要の打ち合わせをしてきました。今月何度伊豆へ行ったでしょうか。こんなことなら新幹線自由席の回数券を買うんでした。こんなに伊豆箱根鉄道に貢献するとは思いませんでした(笑) もう慣れました、駿豆線。どこを走っているのかも分かるようになりました。

法要をお願いした韮山のお寺の住職お会いしてきました。
その際、本当に素晴らしい言葉を頂きました。

「目は見るため、鼻はにおいを嗅ぐため、口は食べるため、耳は聞くために付いています。では、顔は何のために付いているのかご存知ですか? それは「見て頂くため」です。肉眼で自分の顔は見られないですよね? ゆえに他人に見て頂くために顔は付いているのです。せっかく人に見て頂くのだから、笑顔がいいに決まっているのです。だから、笑顔で暮らすことが何よりも大事ですよ。」

本当に心が洗われました。ご住職は言います。

「時が経てば心が癒されるとか、悲しみを忘れるとか言いますが、あんなもの嘘です。悲しいのはいつまで経っても悲しいんです。悲しいんだからしょうがない。悲しめばいいんです。亡き人を思い出すのが供養になるのですから、いっぱい思い出してあげて下さい」

なるほど、そうですよね。
手を合わせてお祈りするのも、個人に感謝をする時間だと解釈すべきだとか、南無阿弥陀仏を唱えると煩悩の帳面が良い方に書き換わるんだとか、いろいろ教えて頂きました。宗教って、面白いものだなと思います。しかし、最後は「心のありようなのです」と。なるほど。心なんですね。

もうひとつ、これは私達にも非常に響きました。

「親の悪いところは放っておいても子どもは似てしまう。親のいいところは努力しないと似ない」

確かに。
本当にいいご住職でした。

そして、私の祖父母が眠る小石川善光寺のお話をすると、何とご住職とも懇意とか。
ああ、やはり
ここにも仏縁(笑)がありました。