ある、お金に関する本を読んでいたら、お金の使い方には、「消費」「投資」「浪費」の3つがあると書いてありました。

「消費」とは等価交換。払った分だけの物と交換されるもので、物に対する対価を払うという言い方も出来ます。

「投資」とは、将来何かしら見返りがあるような使い方。今は返ってくるものが無くても、将来的に見返りがあることが予想されるのなら、今のうちにお金を使っておくというもの。

「浪費」とは、使いっぱなしで何も手に入らず、また将来的な価値をも生み出さないようなお金の使い方を言うのだそうです。「例えば…」、と例に挙がっていたのは、憂さ晴らしの飲み代とか、ゲームセンターで使うお金とか。

なるほどなぁ…と思って読んでいましたが、これは何もお金に限らず、実は時間の使い方にも同じことが言えるのではないかと思うのです。

時間的な「消費」とは、仕事をしたり、家事をしたり、学校へ行ったり。とにかく日常生活そのものです。目の前にある、こなすべき日常的なタスクを粛々とこなしていく時間というのは、消費にあたるのではないでしょうか。大きな利益を生み出すことはない代わりに、それをこなすことでリスクも減らしていく。そういう感覚です。

時間的な投資とは、正に「勉強」の時間。
将来的な「受験」「進学」「学習」「就職」「職業」に役立つために、能力を高める、使える知識を増やす、そういう時間です。勉強というのは、勉強しているその瞬間に役立つことはあまりありません。大学時代に経営学を学んだからと言って、大学時代にその内容を生かす場面は殆ど無いでしょう。しかし、働きだしてから、また自分が経営者になったりしたら、非常に役立つ場面が多数あるでしょう。こういう将来を予測し、今勉強するという時間を「投資」というような気がします。

さて、時間的「浪費」とは、正に、TVゲームをしたり、友達と無駄なメールを延々としたり…
人間ですから、「浪費」の時間はゼロにせねばならないなどと無茶なことを言うつもりはありません。キャリアウーマンやコンサルタントが書いた本などを読むと、こういうことを言ってしまう方がいるのですが、人間とはそういうものではありません。無駄な時間があってこそ人間は人間らしいのだと思います。

しかし、人生の大半を「浪費」してしまう人が比較的多く存在しつつあるのも事実。大人になってもゲームに夢中になったり、仕事中に喫茶店でマンガを読みながらコーヒーを飲んでばかりいる人も、東京の有名喫茶店に平日日中行けば多数観察出来ます。この浪費は、限りなく少なくしていくべきなんだろうとは思います。

残念ながら、私は「暇だ」と思ったことがありません。
「やることが無くて困った」
と感じたことも経験がありません。

例えば、人と待ち合わせをして、相手が2時間遅れてくることが分かった場合、2時間を「暇つぶし」をしようとし、寝たりパチンコに行ったりする人がいますが、私はその時間は貴重な「読書タイム」になったり、「買い物タイム」になったり、とにかくやることは限りなくあります。これは「暇」じゃないんですね。やりたくても出来なかったことが出来る時間なのかもしれないと、嬉しくさえ思います。

浪費の時間を、なるべく「投資」に変えられればいいですし、「投資」=勉強の時間を確保することがいかに重要かを分かってくれる学生が多くなってくることを望みます。ウカウカしていると、何もやり遂げられないまま年をとってしまいますからね。

何も手に入れられない時間。
人生はそれを大量に確保できるほど長くはありません。
何も出来ないまま、あっという間に40を超え、50が近づきます。
私の人生も、浪費は少なかったものの、手に入れられるものは少なかった気がします。

勉強は、自分の将来に対する「投資」です。
ホントにそう思いますね。