勉強は、スポーツとかなり似ています。
ということで、スポーツは出来るけど勉強は苦手という、典型的な成績悪くて困ります…的な生徒(笑)には、よくスポーツと同じだという話をします。

例えば、野球のやり方、ルールを学んだだけで甲子園に行ける?と聞きます。
「行けるわけがない」
と、当然答えます。
「いっぱい練習したって、甲子園なんて夢のまた夢じゃないですか…」
と、したり顔で言う生徒もいます。ナメちゃいけませんよ的な、ドヤ顔で(笑)

勉強も同じじゃね?と問いかけます。
やり方を教えてもらって、なるほどと分かっても、練習しなければ点が取れるようにはならない。今のオマエは、野球のやり方が分かったから、甲子園に行けると勘違いしているやつと変わらんよな?

そう諭すと、たいていの子は「なるほど」という顔をします。
練習は、塾での合同練習も大切だけど、家での自主練が勝負になるよな?と。
「何で、オマエ、自主練である宿題、サボるの?」
これもまた、なるほどという顔をします。

また、筋トレは、ある体育の先生に習ったところによると、筋肉が痛くなるまで、つまり楽チンな段階は全然トレーニングになっていないのだそうです。痛くなったり、キツくなったりしてからあと何回出来るかが勝負。きついところを辛抱して数回やると、それだけ筋肉が鍛えられるのだとか。

勉強は、筋トレとも同じです。

最初は机の前に座りますが、途中で嫌になります。辛抱できなくなります。そこまでは全然勉強になっていない、つまり楽々こなせるレベルなのですね。ところが、辛くなった後何分、何時間出来るかが勝負。でなければ、なかなか根詰めてじっくり勉強することは出来ません。長時間の勉強にも耐えられません。そして何より、成長がありません。辛くなった先にどれだけ頑張れるかが、その人の成長分になるのですが、たいていの場合、辛くなったところでやめてしまうものです。そして、結果的に「伸びない」のです。

また、昨今のケースとしては、大人が、
「辛いならやめたら?」
などと言うアドバイスをして、子供の成長を台無しにしているケースが目につきます。私は残念ながら、
「辛いなどと言うなんて、生意気な!」
「子供のくせに文句言うんじゃない!」
と躾けられましたので、それが当たり前のことだと思っていましたが、今の親御さんや先生たちは随分と優しいのですね。

しかし、残念ながらそういう面での「優しさ」は、子供の成長には役立ちません。結果、「伸びない」ということになるのがほとんど。そりゃそうです。理屈からしても、それじゃ成長分がないのですから…

伸びない子は、大人に「頑張れ」と言われていない気がします。
しかし、子どもは「頑張れ!」って言って欲しいようにも思います。
頑張れって。
あとちょっと。

マラソンランナーも、走れなくなるほど辛くなったら、
「次の電柱まで走ろう」
「もう一つ先の電柱まで行ってみよう」
と頑張るのだそうです。

途中で、楽なところでやめてませんか?
スポーツ出来るんだったら、勉強ごときで泣き言を言うな。
これが桜学舎の方針ですよ。