私は、ご存知の方がいらっしゃるかもしれませんが、プロレス好きでもあります。しかし、以前あったK-1や総合格闘技はあまり興味がありませんでした。

 「プロレスって、八百長なんでしょう?」
という声も聞きます。それはそもそもプロレスというものを見る前提が間違っているわけで、プロレスは「ストーリー」を見なければ面白くないのです。連続ドラマなのですね。もちろんそこにはガチンコの力勝負もあり、サイドストーリーもあり、華麗な技の応酬もあるわけです。格闘技のように、「どちらが強いのか」というガチンコ勝負もいいのですが、それではあまりに「余裕」「遊び」が少なくて面白くありません。

 今、プロレスは思い切り衰退しているジャンルです。TV朝日が新日本、日テレが全日本→NOAHを中継していましたが、今はCSに移動したり深夜帯の放送。昔はゴールデンで放送されていたのにね… しかし、これが世の中を象徴していると思いませんか?

 プロレスは、予定調和があり、誰しもが望むストーリーが存在し、それを裏切ったり裏切られたりしながら進行していく面白さがありました。
 加えて、プロレスの「負け」は、立ち直れない負けではなく、むしろ「負けから始まるストーリー」がたくさんありました。強い相手にコテンパンにやられてから、再戦を果たすまでのストーリーをみんな感情移入して見たものです。

 その象徴的存在が、私にとっては大仁田厚でした。彼が立ち上げたFMWの発展は、本当に感情移入しまくりでした。いくら予定調和であっても、彼が体に作った傷と、流した血は偽物ではありません。どうしてここまで自らを傷つけてでもプロレスを続けるのか… 考えさせられました。本当に好きなことって何だろう、本当にやりたいことって何だろう、伝え方って何だろう… いろいろなことを考えさせられたように思います。

 そして、勇気をもらいました。今がダメでも、今負けても、這い上がればいいじゃないか。所詮、雑草なんだから、しぶとさが勝負。そんなサクセスストーリーに心がふるえた思い出があります。

 今の社会も「負けから始まる…」というものがあまりありません。失敗を極端に恐れる若者たち。そして「転ばぬ先の杖」を出しまくる大人たち。結果、バイタリティの無い、欲もない、「別に、ソコソコでよくね?」的な空気を生み出しているように思うのです。ガチンコ格闘技が受け、プロレス衰退がはじまったのは、ちょうど「新自由主義」の時代、あの頃だと思います。勝ち負けがはっきりして、「負け組」なんて言葉が流行った時代でしょう。

 私は今こそ、「総合格闘技型社会」から、「プロレス型社会」へ戻るべきだと思います。負けたっていいじゃないか。そこからまた何かが始まる。上を目指して這い上がる。可能性に賭ける。そんなポジティブな、そして精神的にタフな子を育てたいと思います。

 プロレス、是非改めて見てみて下さい。しかも、後楽園ホールで生で見ると、また違った迫力がありますよ。

 ちなみに、私と一緒に見に行くと、ちょっとこわいプロレスになるのでご遠慮くださいね(笑) 私はインディ好きなので…