講師は、学者で易者で医者で芸者であれと言ったのは某予備校の理事長だったような気がします。ひとつくらい多かったり少なかったりするかな?
 私も「芸人」が多かった代々木ゼミナールの出身。代々木校舎LEクラスに通っていた一人ですから、まぁ「あの時代の人間か」って思われる方もいるでしょうね。現役では大学に入れませんでしたが、それでも予備校時代があまり辛くは無かった、というか、楽しかった思い出です。

 大学に入っても、音楽活動ばかりしていて、正直学業は… ゴメンナサイでしたが、芸人根性は磨かれた気がします。舞台に立つことは数多くありましたし、嫌ではありませんし、むしろ楽しい。そんな芸人根性が今、仕事には十分すぎるほど役立っているのではないかと思います。

 芸人根性を持っているということは、私達みたいに人と接する仕事や人前に出る仕事には必須条件である気がしています。つまり、全ては「芸事」であるととらえて向き合わなければ、極めることも出来ませんし、かといって全部受け止めていたら自分のアイデンティティが壊れてしまったりもします。

 以前、「素」の自分で仕事向き合っていた妻。
 私が何かボケても、突っ込んでくれません(笑)
 「そこ、ツッコむトコでしょー!」
と、逆にツッコむと、分からないと言います。
 「そんなことじゃ、立派な関西芸人になれないよ!」
とボケると、また、
 「別にならないし。なりたくもないし。何なの?」
なんて、よく叱られてました。困ったなぁとタジタジになっていたのをよく思い出します。

 しかし、私と生徒とのやり取りを見ていたり、講師とのやり取りを見ていて、すこし肩の力が抜けてきたように思います。あくまで、「先生」「生徒」という立場というか役割を果たしているのですよね。その上でのやりとり。だから、必ずしも「素」である必要はないのです。

 私だって、家に帰れば静かにしていることもあります。つまんない人になっているでしょう。でも、生徒の前では「おもしろいオッサン」でいようと心掛けています。「しゃべれるオッサン」であり、「頼れる塾長」であり、「マジメな先生」である、そんな役割を果たす必要があります。

 つまり、「芸人」だと、私はそうとらえているのです。

 「芸は身を助く」と言います。直接私がやって来た芸事が、講師としての力量に関係はしていないでしょう。しかし、仕事を「芸」だととらえたら、それをどう磨き、極め、そしてどうとらえていくのかというのは、芸事をやって初めて分かったことでもあります。確かにそういう意味では「芸は身を助く」になっているのだと思います。

生徒の前では芸人。
だから、「対等に向き合ってどうする?」とも思います。
塾に限らず、学校でも幼稚園でもなんでも、変にムキになって生徒と対峙してトラブルを起こしてしまう先生がいます。時々報道されたりもしますね。そんなときいつも思うのです。
「対等に向き合ってどうする?」
相手は、生徒ですよ。「素」の自分で相対するからおかしなことになるのです。
そもそも、仕事というのは自分の素の姿や思想を主張する場所ではないですよね? どうも教育に携わると勘違いをしてしまう方が中にはいますが、そうじゃないですよね。

 生徒は上手く躍らせることが重要。
 その技術を持つ人間が、優秀な「教師」であることは間違いありません。
 芸人だって観客と対等に向き合うのではなく、観客を楽しませることが出来て初めて一人前なのだと思います。それは「素の自分」じゃダメです。
 プロと素人の最大の違い。それは、「入り込めるか?」です。つまり、完全に素の自分を捨て去れるのかどうかという点にかかっているのです。

 妻は、今は小学生の笑いも取れる、なかなかの芸人になってきました。周囲に笑いがあって、以前より優しくなったと言われます。厳しい面ももちろんあるのですが、それがソフトになってきたように思います。徐々に「芸人」になってきたのだと思います。

 是非、ご家庭のスタンスにもこの「芸人根性」を入れて頂きたいなぁと思います。