「まぁ、それはそれとして(笑)」
とある方が言って、爆笑したことがありました。

確か、東京の私塾協同組合の行事でのことでした。組合のあり方や行事に、あれこれとご意見を下さっていた方だったのですが、実に的確な指摘で、皆一様になるほどと頷いていました。で、それを誰が今後やるのか…という話になった際、言い出した方がやって下さるのが一番いい…という、まぁ実に安易、かつ一番嫌がられる答えを出しそうになったとき、この方が言い放ったのがこの言葉だったと記憶しています。

「まぁ、それはそれとして(笑)」

その場は爆笑で終わり、その方も役目を押し付けられることもなく、うまく乗り切ったわけですけど、私はこの言葉、実にすばらしい言葉だなぁと思いました。

世の中には、やはり「それはそれとして」と理解せねばならないこと、わきまえなきゃいけないことって、多いと思うのです。

入試・受験もしかり。
全員が全員、自分の思い通りの進路や結果を得られるわけではありません。みんな思い通りになるのなら苦労はしませんし、塾や予備校へお金を払えばその結果を得られるというのであれば、みんなこぞってお金を持って来るでしょう。でも、そんなことはまずあり得ません。勝者がいれば必ず敗者がいて、成功があれば失敗もあるわけです。

しかし、
「それはそれとして」
その先のステップに進み、次の勝負に挑んだり、自分を高めていく努力をすることにシフトすることも、ある意味では重要なことです。センター試験で何点取ったかなどということを何年も話題にするような人間になってはいけません。オレの方が偏差値の高い大学に入った…などということをいつまでも引きずっているようでは、まともな大人にはなれません。

偏差値が高いから幸せになれるわけではありません。
有名な大学に入ったから裕福になれるというわけでもありません。
私なら、東大卒で年収500万円より、無名大学卒で年収1500万円の方がいいと生徒には言いました。
でも、年収500万円でも、没頭できる研究を続けられることが幸せなのかもしれません。だから、ひとそれぞれ、自分次第で、何が幸せ、何が優秀なんて分からないものなのです。

どんな場面でもそう。
「それはそれとして」
生きる。つまり、関係ない要素を、関係ない部分に引きずらない。
結構難しいことですが、実は大切なことなんだろうと思います。

私も、何でも「それはそれとして」生きられるだけの修行を続けていこうと思います。