頑張らない人って多いなあと思います。
頑張らないですよね。特に最近の中高生(笑)

例えば、自分の行きたい学校にあと偏差値で5足りない。
私達大人からすれば、5上げるように頑張るという選択肢しか無いのですが、最近「自分の希望を5下げる」という選択をする子が増えているように感じます。これ、高校生も、下手をすると大学生や大人にもそういう人がいます。

へぇ…
もちろん頑張っている人がいるのも事実ですし、それは知った上での話。
でも、結構みんな頑張らないんだなぁ… 
そんな風に感じるんですね。
「頑張る意味が分からない」とか、「頑張って何かいいことがあるの?」とか、「頑張ったって疲れるだけ…」なんて反応もあって悲しいのですが、頑張らないというのは結構マイナス点が多い気がします。

そもそも、「通常運転」ではなかなか人間の持つ本来の力を十分に発揮することが出来ません。人間、そうそういつもいつも全力で生きているものでもないのでしょう。「通常運転」はほぼ「省エネ運転」状態。ですから、大事なところでは本来の能力をフルに生かすために「頑張る」ことが重要で、頑張らないと本来の力を発揮出来ないケースが多くあります。「頑張れば、あれが出来たのになぁ…」そんな後悔を伴うのはよろしくないですね。

また、社会に出ると、意外に「頑張らなければならない場面」に数多く出くわします。自分のためはもちろん、会社のため、妻のため、家族のため、友人のためにも頑張るという必要性に迫られることがあります。また、仕事ばかりでなく、家事や将来設計などの判断・決断などでも頑張る場面はかなり出てきます。それは長期にわたる緊張や交渉で精神的に頑張るということもあるでしょう。

こんな時に、「頑張る」というキーワードはかなり重要度が高くなります。結果が伴わなくても、頑張ることが重視される場面もあります。頑張らないことで、仕事やお金を失うこと等社会ではザラにあります。ゆえに頑張ることって、一見ダサいんですが、自分で人生を切り開いて行く重要な要素の一つだと思います。
 
思い返すと、私はきっと「頑張らない」人生だったように思います。いや、私の頑張りなんて世間の何分の一なんだろうという「まだまだ」な人生だと思っているのです。

それを後悔しているのかと言われると、ちょっとそれとも違うのですが、自分で仕事をするようになってから比較的頑張るようになったのは、ある種の「渇望感」というかコンプレックスというか… つまり既定路線に乗れないアウトローゆえに、「真面目な友人達は自分なんかよりもっと上に行っている」「この程度で大変だとか言っていたら世間様からは笑われるだろうな」「みんなもっと働いている」「みんなもっとちゃんとしてる…」そんな思いが常に常にあるわけで、だから「こんな楽してちゃいかん」「もうちょっとマトモに働かなきゃいかん」と思っているわけです。それが「頑張る」ことに繋がっていて、頑張っているからこそ、まぁ何とか世間様並みに一応オマンマが食えているのでしょう。若い頃は「食えない奴」でしたが…(笑)

だから、頑張るってことが結構大事だなぁ…というのは私自身の実感でもあります。もちろんこういう仕事とこういう性格なので、頑張れない時期もあります。それももちろん見越して自分をコントロールすることも含め考えてはいますが…

頑張ればもっと上に行けるのに…
頑張ればもっと成果が上がるのに…
頑張ればもっと上の人生が待っているのに…

そう思うと、子どもでも大人でも見ていてもどかしいことが増えた気がします。別に押し付けもしませんし、本人が持つ可能性だけは伝えてあげますが、それを選択するかしないかは本人次第だと思っているので強制もしません。ですが、「もったいない」人は結構多くいるものです。頑張るだけで、人生変わるのになぁ…

まぁいろいろな考え方があっていいとは思うのですが、どうも私は「限界」を決められるのが嫌いなようで、一定の範囲内でやりくりするというような人生設計が出来ないのです。まぁ、これは私の問題なのでいいんですが、何でしょうね、もっと若いんだから自由でいいのになぁ… そんな風に感じることもあるのです。現場では。

自由が欲しいという。
頑張れば自由が手に入る。
じゃ、 頑張りたくないから自由は諦めると言う。
ふーん。

何となーくしっくり来ないんですけど、どーなんでしょうかね。