今の教育の中で、親も、学校の先生も、子どもから「何で勉強するの?」と聞かれたら、どう応えるのでしょうかね。

「いい会社に就職するため」

こんな答えは、一昔前なら「昭和かよ!」を馬鹿にされたものでしたが、意外にも復権して来ているように思います。実際、G-MARCH以上の大学と以下の大学では就職の際に明白な「選別」が行われており、それがネットの中に隠されていますから、白日の下には晒されていません。誰もが知っているけど暗黙の了解になっています。それをみんなが知っているからこそ、いい大学に進まねば…という空気が流れているのでしょうね。

しかし、これが教育なのでしょうか。
そうです。ちょっと冷静になって物事を考えてしまう子、賢明な大人なら疑問を持つところでしょう。

私達が出来ることなんて、本当に微々たるもの、何を偉そうに語っているだと思われるかも知れませんが、それでも自分の塾でお預かりした生徒のこういう疑問に真正面から向き合って、いろいろな話をしてあげること、最近、これが我々にとって、とても重要な作業になっています。

大学進学について、私達は生徒にこう話します。
やりたいことが決まっている子は、学歴・学校のブランドなどはどうでもいいのです。福祉をやりたい子が何も早稲田や慶應を目指す必要はありません。○○福祉大学で専門的に福祉について学び、福祉の世界に飛び込めばいいわけです。デザインをやりたい子は美術系の大学へ行けばいいし、音楽をやりたい子は音大へ行けばいい。

しかし、やりたいことが見つかっていない子もいる。そういう子は、勉強や優秀な友人達から影響を受けて、自分のやりたいことを探して行く必要があるので、より優秀な友人達、尊敬出来る友人達に出会うために、また自分の興味関心を満たすことが出来る勉強ができる様な大学へ進学しましょう。そのためにはまず大学受験の勉強をしよう…と、そんな風に言います。

もちろん、勉強や進学に対して、「正しい捉え方ではない」とおっしゃる方もいるでしょう。それはそれで認めます。しかし、こういう話を全くせず、「いい大学へ行くために」というお題目だけで厳しい勉強をさせるというのはどうかと思いますし、それでは「道を見失う子」が出て来ても仕方ないと思います。いや、ちょっと意識を持っている子ほど、「何でこんなことしてるんだろうな?」と疑問を持つのではないでしょうか。

ノウハウやテクニックで大学へ入れようとするのは、残念ながら予備校のやり方。こういう乱暴なやり方をすると、必ず漏れてしまう子がいます。その子を拾い上げるというよりも、「落ちるな」「もっと出来るはずだ!」と言って突っ走る、そして確率論で生徒の進路を語る(合格率が何パーセントだなど)のは、塾・予備校の専売特許だったはずです。だからこそ批判も受けて来たはず。しかし、今、学校がその急先鋒になってしまっているように感じます。

ある私立高校の校長先生とお話をした際に、大学受験や進学について塾的な発言をした私はその先生に諌められたことがあります。
「塾・予備校は勝敗を決められるけど、学校は敗者を作っちゃいけないからなぁ」
この瞬間、私はこの先生を心の底から「尊敬」しました。
本当の「教育者」の言葉だなぁ…と。
そうです。必ずどんな集団にも漏れる子がいます。行くぞ!と言って旗を振っても、ついて来れない子は必ずいます。そういう子の手を引いて、一緒に連れて行ってあげるのが「教育」、ちゃんと聞いていないとああなるぞ!というのは塾・予備校の「サバイバル」の世界なのかも知れませんね。

学校を休みがちになった…
学校へ行けなくなってしまった…
転校を考えている…
ここしばらくの父母面談で、いくつも聞かれた言葉です。本当に多い。もちろん軽症で、数日で学校へ行けるようになっている子もいますし、もう既に留年が確定と言われている様な子もいます。それがレアケースではないというのがビックリします。勉強もできるし、力もある様な子。

足りないのは、実は「語ること」であるように思います。
学校の先生、人生論とかなぜ勉強するとか、そういうこと話してくれないの?と聞きますが、「してくれるよ…」という答えはまだ一度も聞いたことがありません。もちろん先生方も余裕が無いのは知っています。今の先生はものすごく忙しいし、大変なんですよね、きっと。でも、もう少し生徒に「体当たり」で向き合って欲しいなぁと思うのですが、それは私の思い上がりなのかなぁ…

図らずも受験の小学生のお母様方から、「子どもが塾は楽しいと言っている」と聞きます。なぜか? 勉強以外にもいろいろお話ししてくれるから、というのが理由のようです。帰りがけのお母様が高校生とお話をしている場面でも、その高校生が桜学舎の営業マンのように語ってくれているのでおかしくなってしまいましたが(笑)、とにかく生徒に声をかける、話をする、一人一人を心配する、そういうことが生徒には伝わっているのかなぁと感じる場面でした。私達からすれば当たり前のことなのですが、それがどうも「教育」に近いところに位置しているように思います。

勉強など、正直なこと言えば、大学生の若いお兄さん・お姉さんでも十分教えられます。特に小中学生の勉強は十分です。プロの技が…とか、長年の経験上のテクニックが…という方もいますが、実際、カワイイ女子、イケメン男子に習っていた方がよほど子どものモチベーションが上がったりします。私自身も以前は自分の授業技術に頼った塾運営をしていましたが、今では若い子の方が生徒の心をつかんでいると実感します。最近、「塾長は何を教えているの?」「塾長って授業してるの?」なんて聞かれる始末。算数教えてるし、授業やってるわい!(笑)

しかし私達ベテランが絶対に負けないところは、「生徒のことが何でも分かっちゃう」ところ。「オマエ、ちょっと顔色曇ってるな、何かあったか?」「最近元気無いな?」なんてことから、半分「性格分析」「占い」に近いものまで。分かってしまうのです、そりゃ26年もやってますから。オマエ、こういうところあるだろう?って指摘すれば、「何で分かるの!?」とビックリされます。一応大学の専攻は心理学ってことになってますからね(笑)

そんなことをもとに、一般社会の縮図である「学校社会」というものの捉え方、勉強に対する考え方、働くこと、その先の人生を歩んで行くことについて、少々型破りに語ってあげると、生徒は元気になるように思います。また、この時期特に多いのは、受験生と親御さんとの関係。先日も授業が無いにも関わらず生徒が親の話をしに来ました。数時間話し込んで行きましたが、帰りがけのスッキリした顔を忘れられません。しばらくして、ものすごく前向きな受験志望が出てきました。こういう時は本当によかったなぁと感じます。

学校の先生も、もちろん勉強を教えて欲しいし、それが本職だと思いますし、そこはきっちりやって欲しいのですが、やはり学校である以上、「教育」が本業だと思います。何故か受験の指導を学校が始めて、その教育や生徒ケアの部分が塾に回って来ているようで、本末転倒さを感じる場面が多々あります。

先日ご案内をお送りした、通信制高校の学習支援センター開校も、こういう場合の受け皿・セーフティネットという意味合いが大変強いものです。本当であればこんなものは塾の役割ではないのですが、どうしても私達がこういう力を持っておかないと救えない子がいる、そういう現実的問題として受け皿を作ったに過ぎません。

勉強って、何でするの?
こういう問いに、やれ大学進学が云々、就職が云々、具体的に数字を挙げましょう…なんてことじゃなく、世の中を知るため、勉強することは面白いから、自分の生きる道を広い目で探せるように、そんな答えを堂々と言える大人になりたいものです。

私達は恐らく愚直です。
愚直ながら、生徒達にはまっすぐに正面から向き合いたいと思っています。もちろん、それが全て成功する訳でもありません。百発百中ではありません。でも、まだまだ色がついていない子ども達には、大人の色眼鏡で見た世界を「これが世界の全てだ」と押し付けたくはありません。本当に子どもの未来は無限だし、どこでどう転ぶか分からないと思っています。

そう、夢と希望を持たせて、その第一歩として「勉強」があると位置づけて、ワクワクしながら、笑顔で、楽しく、面白い勉強をさせてあげたいと思っています。だって、知らないことを知るって、楽しいじゃないですか。いつから勉強が苦行になったのでしょう? 苦行にしたのは誰ですか?

「お前のところは全部理想通りに行けてるのかよ」
というご指摘。答えは「NO」です。
正直、私の理想からすれば、40%に満たない完成度です。だからこそ、日々改善と努力です。私の理想は、全然こんなところじゃないです。でも、高邁な理想を心に持っているからこそ、日々頑張れます。だから大変だけれども、毎日が楽しいし、毎日があっという間に過ぎて行くし、毎日の時間が足りないし、充実しています。そんなふうに大人になっても毎日面白く生きて行く、生徒達がそうなってくれたら言うことはありませんね。

偉そうなことをつらつらと書き連ねましたが、私達もまだまだです。
精進します。がんばります。