桜学舎が加盟する「速読」の全国研修大会が先日の日曜日、秋葉原UDXで開催され、私を含め4名で参加してきました。

当日は、鹿児島の塾の事例や、岡山の塾、静岡の英語スクール、北海道北見の塾など、全国の様々な事例を勉強させて頂いて、速読の利用方法のほか、塾のあり方なども考えさせられる内容になっていて、私にはとても大きな勉強になりました。

鹿児島の先生が言っていたこと、これがとても共感できる内容で、まさに私が言って来た内容と同じだなぁと思いました。それは、

★自分の授業で生徒を集め、いい授業をしたと満足していることは、裏返せば、「自分がいないとダメな子」を育てているのではないか?

これは私が個別指導を始めた際にぶち当たった指導の原点です。先生が疲れていても、生徒は楽ちんで疲れてもいない… これってどうなんだろう?と思ったものです。

★楽して成績を上げるということがその子をダメにするのでは?

塾が定期テスト対策も万全にしてあげて、やるべき問題もやってあげて、横から何でも教えてあげて、全部全部、「したごしらえ」してあげることは、子どもをダメにしているのではないかと思うのです。結局、生徒自身に「やらせる」ことが重要であって、面倒だと思われることを出来るようになるのが大切なんですよね。

★人間、1度ラッキーが起きると、次のラッキーを待ってしまう。

まさにその通りで、「この塾に通ってみたら、定期テストが上がった」というラッキー。自分では何もせず、ただ口を開けて待っているだけの生徒を作っていることになるのではないかという疑問は、心ある指導者なら誰しもが考えることです。ただ営業上の理由で、「必ず成績を上げます」とか「成績を保証します」などというのは、完全にコレだと、私は思っています。人間、1度ラッキーが起きると、次のラッキーを待ってしまうというのは、ギャンブルにハマって身を持ち崩す人間を見ていればわかりますよね。

★的中など、塾が全力で一夜漬けを推奨しているものではないか?

これは衝撃的な言葉でした。でも、なるほどなぁと。「ココが出そうだから、ここだけやっていけ!」なんて指導は、「指導」じゃないですよね。

★質問を受けることが自分の仕事を成し遂げたと思ってしまう講師が多いのでは?

これまた、私が以前ぶちあった問題。結局、教える側の自己満足ではダメなんですね。一昔前の塾長には、「いい授業をしていれば生徒が集まるんだ」なんて人が沢山いて閉口しましたが、これもまた「自己満足」タイプ。授業さえ一生懸命やれば、生徒が着いてくるというのは、私はどうかと思っていて、指導者が疲弊しちゃいかんと思うのです。先生が心地よい疲労感を感じていてはいけないのであって、生徒が心地よい疲労感を感じなければいけませんよね。


こういうことを、改めて講演で聞くと、自分が昔考えていたことを忘れているんだなぁと実感します。もう一度出来ることをきちんとやらねば。そして、もう一度塾の中も見直さねば。整理も必要です。

何となく曖昧にしてきたこと、本当は生徒のためにならないのに、様子見という状態で放置しておいたことなどもいくつかあります。ちゃんとしなきゃいけないこともあります。もう少し見直さなきゃ。

それによって、場合によっては生徒数が減るかもしれませんし、規模が小さくなるかもしれません。でも、「事業」「商売」という視点だけでは出来ないのがこの仕事です。不誠実はダメ、納得の行かない仕事もダメです。

実は今年じゅうに、まだ大きな改革をいくつか実行しようと思っています。それが正しい方向に行くかは分かりませんが、間違った方向を向いているとは考えにくいものです。生徒が成長するために、楽しく通えるために。まだまだ全身を止めないように頑張ります。

参加して良かった研修大会。こういう仕事も実は我々はしてるんです。再来月はLeptonの研修大会で京都まで参ります。