「早稲田出ててもバカはバカ」
http://ddnavi.com/news/258176/a/
って本を先日見つけました。
内容的にも大したことはなさそうだけど(笑)ノンフィクションだっていうので読んでみたい衝動にも駆られて到着待ちです。でも、学歴だけあってもダメだなぁって思うことが最近特に多くあります。

最近は桜学舎の生徒の保護者もみんな高学歴です。やれ早稲田だ慶應だ東大だ京大だと、本当に「恐れ入ります」という保護者が多いものです。幸い、ウチに来れる=ちゃんとしたご家庭、という図式が成り立っているので、身近では縁の無い話ですが、他所の話や友人の話を聞くと、「学歴だけあってもダメだなぁ」という例が結構あります。
 
ただそれが何かと考えていくと、結局、「学歴」=「万能」という歪んだ非現実的な考え方をいまだにしてしまう大人がいるってことなんでしょうね。実体の無い全能感が一番タチが悪いです。

例えば早稲田を出た方が社会的に立派になったというのも、それは早稲田大学がすごいのではなく、その方が努力したり能力を磨いたりしたから早稲田に入り、勉強して、社会で立派になったのだ、という理由以外にはないのだと思います。が、「早稲田を出なきゃダメだ」「いい大学を出ないと人生が終わる」的なことを言ってしまう大人がいて、それを子供にまことしやかに伝えてしまうのでしょう。そりゃもうオカルトのレベルのお話。努力の指標としての学歴や、学校や学問自体への志向・愛着ということでお話する分にはいいんですけど、どうも後々ダメになっていく人のパターンを見ていると、「学歴神話」に取り憑かれているような気がします。早稲田を出てもダメなやつはダメ。ある意味真実です。
 
極論ですが、東大出ても清貧を保つ人もいれば、私の友人のように日大出てても長者番付に載るような方もいます。どちらが成功者と言われればもちろん判断に苦しみますよ。清貧でも自分のペースで生きられるのが幸せかもしれないですから。私のかつての同僚にも、私より一回りも上の年齢ながら、独身で、東大卒で、風呂なしアパートに住んでて、アルバイトで生計を立てていて、家にはTVも無い、という方がいました。俗物の塊である私には理解が出来ない人でしたが、彼自身は自分のペースで生きられて、好きな本を読む時間があって、とても幸せだと言っていました。人生わからんものだなぁと若かりし頃思ったものです。

かと思えば、日本一社長の多い日大。偏差値的には日大の方が入りやすいのは事実ですが、社会での活躍を見ると、やはりバイタリティのある方やビジネスの世界で成功されている方も多いですね。私の友人の大社長も、我が社の数十倍の規模の会社をいくつも経営していますし、もちろん私の数十倍の年収。恐れ入ります。ビジネスで成功すること、お金持ちになること、それが普遍的な幸せとは言いませんが、私なんか普通に「すげーなー!」って思ってしまいます。

もちろん、ある程度の一般的な価値観で考えれば、どっちが成功という話もできるんでしょうが、少なくとも子どもに「東大を出れば勝ち組だ」「学歴さえあればやりたい放題だ」「勝ち組は何をしても許される」などというカルト教団のような(笑)教育はしちゃいかんよなぁ…と、そう感じてしまいます。G-MARCH以上の大学の定員は、全高3生の10%程度。同年代の上位1割に入らなければ「人生詰んだ」なんて、一体誰に扇動されているんでしょう??

受験屋のくせにこんなことを言って申し訳ありませんが(笑)まぁ桜学舎はそういうのとはちょっと無縁ですからね。
 
お勉強が出来るより、上手に魚が焼ける人の方が生きる力があるなぁと思います。
ふんぞりかえって講釈たれる人間(=私)より、美味しい料理を作ることに一生懸命な人間の方が、どれほど人間らしく素晴らしいかと思います。かつて、利口ぶっていた若かりし頃、職人さんや料理人さんなどを「自分が就くべきでない低級な仕事だ」なんてバカにしていたこともあります。本当に若いってバカなんだなぁと自分でも思います。お恥ずかしい。

そして、いつも明るく笑っている方の方が何といい人生を歩んでいるかと思います。もちろん苦労もあるんでしょうが、笑顔で周囲を幸せにする人は素敵だなぁと思います。

オシャレな人、芸術的な人、手に職のある人、そんな人がどれほど力強く生きていく術を身につけているかと感じます。秋葉原のオタクですら生きるのが上手だと感じます。自分の幸せを見つけていける人間が幸せになる人間なんだと、この歳になって本当に思います。

受験も、勉強も、進路も、就職も、結婚も…
何もかも、最終目的地は「幸せ」だと思います。幸せになるために生きてるし、幸せになるために努力をしているわけで、その先に幸せがあるのかを常に考えることが大事なんだろうなぁ。ふと、ウチの生徒を見ていて思うことです。今、その勉強サボって、その先に幸せが待ってるのか? それだけを徹底的に問えば、通常はいくら子どもでもわかるでしょう。それをいかに「具体的に」話せるかだけが私たちの力量ですね。その子が幸せになるために、高い学歴が必要なら頑張ればいい、違うならちゃんと違う道を教えてあげればいいだけの話です。高みを目指す大切さを教えるなら、それもまた教育だとは思います。
 
学歴があれば人生が変わるとか、東大出れば一発逆転とか、ギャルだけど慶應入ったとか(笑)、ファンタジーとしては面白いけど、結局変わったのは「自分」でしょう? 学歴はそのきっかけでしかありません。勉強したという「プラスの経験」が人生に大きく生かされただけなんだと思います。
 
そういう世間の「からくり」を子どもに教えてやれる大人になりたいなぁと思います。
だんだん受験屋じゃなくなってきてる自分が怖い(笑)

異論反論、ごめんあそばせ。