桜学舎って、ある意味面倒くさい塾です。いや、とっても面倒くさいかも。何故かというと、余計なところまであれこれと突っ込むからです。

一番最初に言われるのは「挨拶」です。塾に来たときは、扉を開けて「こんにちは」「こんばんは」が無いと、「何で黙って入って来るんだ?」と叱られます。帰る時は当然、「さようなら」と言わないと叱られます。「黙って帰るな!」と呼び戻される子もいます。

単純な話、子どもが多数集まる場所ですから、誰ともわからない人間がこっそり入ってきて悪さをされたら大変なことになります。ゆえに出入りを厳しくチェックしているという面があります。「今誰か来た?」「今誰か出て行った?」こういうところに気を付けているので、生徒は必ず挨拶をしろと言っています。特に1F、路面ですのでとても気を遣っています。

さらに重要なことを言えば、「生活の基本行動が出来ない子は、成績が向上しない」という大きな理由があります。いくら有名塾に通っても、何時間勉強しようとも、本質的に学力が向上し、「頭のいい子」に育つのは「道徳心」のある子、つまりよく出来た子です。所謂「徳育」がしっかりできている子は、様々なことを性善説的に「察する」ことが出来ます。空気がきちんと読めますし、基本的に善意を持って行動が出来るので、真面目に勉強も出来ます。ゆえに学力も伴います。

当然、徳育をすっ飛ばしても「勉強だけが出来る子」を育てることは出来ます。しかし、その様な子はどこまで行っても、「勉強だけが出来る子」でしかありません。そういう子はいずれ必ず挫折したり、脇道に逸れたりします。勉強が出来るにもかかわらず悪い仲間と付き合っていたり、悪知恵が働く子というのも時々います。いい学校へ通っているのに… 中身は悪くないのに… そんな子は必ず何かしら「生活行動」に欠けている部分があるはずです。

生活行動がきちんとできる子に育てるのは、ある程度「自我」が出て来てからでは遅すぎます。勝負は遅くとも小学生まで。物事の善悪をきっちり仕込むのであれば、小学校入学以前に厳しく善悪を教える必要があります。習い事や塾通いが始まったら、家庭内の振る舞いや身内との付き合い方と、社会での態度をきちんと分けられるように躾る必要もあります。特別なことをする必要はありませんが、ダメなものはダメ、当たり前のことをきちんと当たり前にやる、つまり「きちんとやる」ことだけ躾ければいいのです。

「挨拶する」という行動はこの一番最初。ゆえに、「こんにちは」「さようなら」がきちんと言える子に育てる必要があります。これが出来るようになるだけでぐっと大人になり、勉強にも集中できるようになるという子が多いものです。

そのほか、「時間通り行動する」「遅刻しない」というのも重要。微妙な遅刻の方が問題で、時間前行動が出来ないのは大人になってから社会性が欠如する可能性もあります。何より、授業時間が少し削れるわけですから、その分の積み重ねは大きいもの。1日5分遅刻しても1週間5日で25分、1か月4週間で100分、12か月で1200分・20時間です。1年に20時間勉強時間が違えば、学力は相当変わります。

「指示を守る」「宿題や提出物を忘れない」「持ち物・テキスト類を忘れない」というのも大きな目安。忘れ物をする子で偏差値の高い子はいません。学力が低い子は忘れ物も多いし、失くしものばかりです。こちらがうんざりするほど毎回様々な忘れ物をしてくれる子は、100%学力が低いものです。学力が低いから忘れ物をするのではなく、忘れ物をするような子だから学力が低いのです。ここを勘違いしては行けません。まずは生活行動が先なんです。

「嘘をつかない」「誤魔化さない」「逃げない」というのも桜学舎では徹底的に言われることです。特に親御さんに嘘をついていたことがバレた時はこの世が終わるかと思うくらい塾長には叱られます。当然見え見えの嘘、バレバレの言い訳も徹底的に叱られます。他人に嘘をつく人間は、その前に自分自身に嘘をついているのですね。これが一番人として危険です。子どもかわいさにそれを甘く見過ごすと、「ウソついても何とかなる」「誤魔化せば何とかなる」という成功体験を積んでしまうことになりますから、後々手の付けようのないことになりがち。

そういう生活の基本行動ができた上での「学力」です。100マス計算で有名になった蔭山先生も、「早寝、早起き、朝ごはん」とおっしゃってましたし、靴を揃えるという行動を大切にしていると聞きました。

生活面を全部親がやってあげて、子供は習い事や勉強だけをしていればいい「王様」になってはダメです。そんな子育ては必ず崩壊しますし、学力も崩壊します。そして悲しいことに、必ず親御さんが後悔します。「ちゃんとしろ!」桜学舎はそういう育て方をしています。