困った時の「母校」という法則が、私の中にはあります(笑)

進路指導に困った時、その子に自信を持ってお勧めできる学校がない時、またはその子が本当に行きたいと思う学校が見つからない時、心から楽しいと思えるような学校が見つからない時、私が「伝家の宝刀」のように抜くのが「母校」という選択です。

残念ながら、今の私の母校・明治学院高校は昔のようにある程度なら入れる学校というわけでもなくなってきました。原因は私の担任だった先生にあります(笑)先生が校長になったときに共学化が進められました。昔は男子校だったんです。ですから、結構アホなこともたくさんやりました。男子校ゆえに存在するぶつかりもありましたし、面白いこともありました。ですから、女子が入ったことで雰囲気が変わったのはちょっと驚きでした。一度、ホームカミングのお手伝いに呼ばれたことがありましたが、女子生徒が「こんにちはー!」なんて明るい声で話しかけてくれるのは、何だか自分の学校ではないような気がして変な気分でしたね。きったねー教室もこぎれいになってますし、何せ先生たちの服装がキレイになってました(笑)ランニングシャツの先生はいないわけです(笑)

ある程度学力がついてきているけれど、進学先を迷っているという子には、時々ですが明治学院高校を進めることがあります。もちろん人を見ます。なぜかというと、とっても自由な学校だからです。自由ゆえに自律出来ないとダメになる学校でもあります。ただ、最近「やっぱりあの学校の教育は間違ってないなぁ」と思うことが多々あるので、タイプさえ合えばオススメできるようになりました。

私のその指導で、実は現講師のTくん、これから講師になるOくん、そして現役3年生の子も明学へ進みました。その前ですと、現在東大の大学院にいるSさんが明学第1号です。彼女は3年間学年2位というびっくりするような成績でした。明治学院大卒の講師もいて、今、何となく徐々に桜学舎の中では「明治学院閥」が出来つつあります(笑)

もちろん良いところばかりではありませんし、合う合わないがありますから、万人ウケする学校でもありません。付属校というところからも、ゴリゴリの受験指導があるわけでもありません。ただ、それが「学校」というものだろうなぁと最近思うのです。受験勉強なんてものは自分で考えてやれと。全部お膳立てしてもらってやるもんじゃないと、そう思うのです。高校が予備校化していく中で、出身の講師たちとも振り返って、「あの学校のやり方は正しいよなぁ」と話すことが多々有ります。

多少だらしないところがあっても、「まぁお前らはバカじゃないだろうから…」と、そんな信用の仕方をしてくれるところがあります。校則が甘々なのもそういうところの表れではないかと思うのですね。ですから、いろんな髪の毛をした、いろんな格好をした子がいます(笑)そういう子が意外に成績が良かったりするのもあの学校なんですね…

私も、父の母校ということで進学しました。きっと、そういうモチベーションというのは強いものでしょうし、人間は身近な人の影響を受けながら成長していくものなんでしょう。あくまで「良かった」というのは主観でしかありませんが、実は人はその誰かの「主観」を知りたかったりするんじゃないかと思います。だって、飲食店だって誰かのレビューが良いところを信用して行くでしょう? でも、あれって食べた人の主観じゃないですか。美味しい、美味しくないなんて、まさに好み・主観の何物でもありません。

また、良いものだと思って行くと、ずっと良いものだと思って過ごせる部分もあるでしょう。良いものでも、ダメだと思って行けばダメになります。 明学も、もう少し入りやすいとオススメもしやすいのですが、女子はほぼオール5で、男子は4が少しあっても…と言われるくらいなので、なかなか誰でもかれでもオススメできるという感じではなくなりました。

 ただ、ガチンコのトップ校ではなく、ノビノビしている学校の一つですから、そういう点ではオススメしたい学校でもあります。幸い、行った子は皆楽しかったと振り返ってくれます。別にどこの学校でもいいんですが、高校時代が楽しくて、自由で、ノビノビしていて、かつおバカではない、そんな充実した3年間であってほしいと思いますし、そういう時間を過ごしてほしいなぁと思っています。

高校3年間が、受験勉強のためだけに費やされるなんて、「無為」以外何ものでもありません。受験生には、充実した青春時代を送れる学校、自分が本当にここで過ごしたいと思える学校を選んでほしいと思います。 そして大人になってからも堂々と母校だと胸を張れる学校、そして自分の子も入れたいと思える学校を選んでほしいと思っています。