昔、自分が通っていた予備校の先生が言っていたことがあります。

「難しいことを難しく教えるのなら誰にでもできる。つまらないこと、難しいことをいかに面白く教えるかが「技術」なんだ」

昔の予備校は確かに面白かった。興味深い内容を紐解く話が多かったですし、私はそのおかげで古文が好きになりました。授業中に歌を歌う、有名な先生でした。

最近は学校の先生でも親御さんでも、もちろん塾の先生も、いろんな大人が勉強について、

「嫌なことでもやらなきゃいけないの」
「大人になってからも嫌なことをきちんとできないとダメ」

などと言うことがあるので、びっくりすることがあります。そんなことを言われると、子ども達は、「大人になると嫌なことをいっぱいやらなきゃいけないのか」と思い、成長を拒みたがります。

実は先生も勉強が嫌いなのでは?
実は先生も勉強を嫌なことだと思っているのでは?

そんな風に思ってしまいます。うちの若い先生たちも、若いが故に引き出しが少なく、ついついそんなことしか言えなかったということがあるようですが、そもそも勉強が辛くて嫌で苦しいことだけど、仕方なくやるものだと思っている人から勉強を習うことほど不幸なことはありません。勉強は楽しいと思っている人から習うべき。

「この先生、楽しそうに古文教えるなぁ」
そう思ったから私はその予備校の先生についていこうと思いました。実際面白かった。飽きなかった。そしてもっと古文を知りたいと思いました。1時間で源氏物語全巻を語るなんて時もあって、あれはカセットテープに録音してありますが、いまだに大切に持っています。

高2の時の担任も古文の先生も同じ。
月曜1限の授業で、少々前日のアルコール臭が残っている日の古文授業は絶好調。面白かったなぁ。万葉集の大家で、とにかくいろんなエピソードを語りまくってました。
だから古文が好きになりました。もうお亡くなりになってしまったので、本当に悲しいですが、同じ古文を教える身になって、やっぱり「古文は面白い」って教えたいのですが、「古文が苦手」って子はとても多いものです。

教師の言葉は、大人が思っている以上に子供の成長に影響しますね。
勉強は面白い。だって、知識が増えるのですから。

ただそれが解けたから面白いとか、手順を覚えて正解が出せるから面白いじゃないんですよ。
もっとアカデミックというか、根本的な知的好奇心をくすぐる必要があります。
もちろん、興味の範囲は人それぞれですから、私も数学や物理はどうしても面白いとは思えませんでしたが、それでも何か好きな勉強があることが重要だし、知りたいという欲求を「育てる」必要もある気がしています。

なかなかその予備校の先生や高校の時の先生のようにはなれません。
まだまだ修行が足りないということでしょうかね。
難しいことを、面白く教える。
この歳になってもまだ、できないことは世の中にたくさんありますね。