GMARCHの一角、某大学が先日週刊誌に取り上げられていました。

就職課の支援で、就職率が100%に近いということで、誇らしげに書かれていました。在学する生徒たちが希望する一部上場企業や外資系の大企業など、とにかく「大きな会社」「立派な会社」に入社させることが出来ていることを誇っていました。就職のバックアップ体制が万全であることをアピールして、これからも学生がたくさん集まるようにしていきたいのだと。

はて。
大学もすっかり就職予備校みたいですね(笑)
昔から我がスタッフとも言っていましたが、
「就職くらい自分でできないものかね?」
「職業も決めてもらわないとダメかね?」
と。就職セミナーってなんぞや? 結局、そういう予備校ビジネスがまた流行って来て、「対策」するだけ対策して、ことの本質を全くみることなく「就職」ではなく「就社」が最終目標になるような気がしてなりません。気のせいかなぁ?(笑)

まぁ、それでいい方が大多数であることも分かります。特に日本人気質というか、流れに沿って生きていくことを求められたり、人と同じことを求められることに違和感を感じない方なら、全然問題ありません。本当に一部上場の大企業に勤めたくて仕方なかった方には、本当にありがたい支援なのかもしれません。ですから一概にそれがいけないというわけではありません。

ですが、果たしてそういう人ばかりなんでしょうか?という疑問。
全員がそういう方向性で、「就職率100%」を目指すとなると、規格外の人間はどうなるんでしょうかね。びっくりするようなことをやる人って、間違いなくこういう制度には乗り切れない人。でも、大学ってそういう人が自由に、いろんなことをやっているからこそ面白いわけで、たとえばTVのプロデューサーさんなんてやっぱり「規格外」の面白さが必要な仕事ですよね。そういう子は生まれないような気がします。

実はその大学、行っている子も多く、よく話を聞きます。
何でも授業をエスケープする子がいないようにと、教室に見張りがついていたり、毎回厳密に出席を取っていたり、単位不足が懸念される子がいると呼び出し・電話も頻繁にあるのだとか。ああ、大学もそんな時代なんですねぇ。

もちろん「就職率」って言葉のマジックもあります。
就職率は、「就職希望者に対する、実際就職した人の率」ですから、そもそも就職を希望していない人は分母に入っていません。ここ数年は売り手市場ですから、あまり騒がれなくなりましたが、ちょっと前までは、就職を諦めてしまったような学生の数は分母に入れられていないので、そのあたりが「就職率」のマジックだと言われていました。しばらく留学をするとか、大学卒業後にフリーで活動し始めるとか、そういう子たちは数に入っていないのでしょうから、まぁそういう意味で就職率100%なら問題ないのかもしれませんけどね(笑)


39ただ、ふと思ったのは、今の大人も子どもも、「高規格の高架・新幹線」を求めていたり、求められていたりするなぁということ。わかっていただけるたとえですかね、これ?(笑)

新幹線といえば鉄道の中でも花形です。
高速で走ることが出来るみんなの憧れの的。堅牢に作られた専用のまっすぐな線路を走り、山や谷みたいな障害も一直線でぶっ飛ばしていくことが出来ます。そういうエリートになれ、そして最短で目的地までたどり着けと、そう求められているように思います。そして、それが教育であり、それが勉強であり、それが仕事であり、それが幸せであると、そんな風に習って来ているように感じるのです。近年、社会へ出るプログラムも、それがスタンダードであると言われているような気がします。

しかし、現実はみんながみんな、新幹線になれるわけではありません。
途中で立ち止まってしまったり、新幹線の高速についていけなくなってしまったり、何より果たして脇目も振らず目的地に一直線でいいのだろうかと考え込んでしまったり…

正直、私のところには、会社でぶっ倒れてしまった子、心的圧迫で会社に行けなくなってしまった子、精神バランスを崩してしまった子、そんな子がたくさん帰って来ます。会社の愚痴、親の愚痴、出会った大人の愚痴などもいっぱい聞きます。

それらの共通点は、「好きなことややってみたいことをしておらず、思い切って楽しく仕事をしていない」ということが挙げられます。どこかで「苦行と給料の引き換え」みたいな価値観で仕事を選んでいたり、「何とかテスト」みたいなもので適性を測られ、自分の適職はこれ、みたいなあぶり出し・消去法で職業を選んでいたり、もしくは普通のサラリーマンを一度やってみようと思ったとか… とにかく、夢と希望に満ち溢れ、仕事が楽しくてやっているという感じではない、どこか「こうあらねば!」という枠組みの中に埋没した感が強い子が、やっぱり「新幹線になれなかった」と思って苦しむケースが多い気がします。

07でも、電車は新幹線だけではないのです。
地上を走り、各駅に停まる在来線もあるんです。在来線は、派手ではないし、華やかでもないけれど、なくてはならない生活の要です。高速で走ることはありませんが、一つ一つの駅に停まっていくので、高速で駆け抜けていたら見えないものまでよく見えたりします。脇道にそれることもありますし、遠回りすることもあります。でも、在来線がなくなったら、生活の足は奪われます。ローカル線だって、必要だからそこにあるわけで、ローカル線だからダメだ、新幹線だから偉いなんてことはまったくありません。

大人は子どもに「夢を持て」と言います。
でも、子どもが規格外の夢を語ると、「そんな夢はダメだ」と言います。
芸能人になりたい、声優になりたい、作家になりたい、会社を作りたい、ユーチューバーになりたい(笑)、そんなことを言い出したら、「ダメだ」という大人が9割以上だと思います(笑)

新幹線になることを求める、それだけが夢でしょうかね?
何だか、「東海道新幹線になりたい」「上越新幹線になりたい」「九州新幹線になりたい」というバリエーションを求められているだけのような気がします。「ローカル線になる」って選択肢だって、十分意義深いものだと思いますよ? そのステレオタイプの夢を求めているのは、実は大人なのではないかな?と思ってしまうのです。

世の中は仕事で満ち溢れています。そして恵まれた日本という社会においては、実は道を外そうがちょっとくらい失敗しようが、全く死なないというのは私が証明して来たことでもあります。だから好きなことを全力でやったほうがいいし、それが出来るだけの実力を身につけたほうがいいに決まっています。別に高規格新幹線になりたければなればいいし、でもそうでない道も選べる自分になっておけば、こんな安心なことはありません。そして、夢中になってチャレンジできる仕事をやっていけば、苦しいことも楽しめるくらいの人間になれるように思うのです。

私は、そういう子を育てたいなぁと思っているのですが、なかなか難しいものです。
もちろん、ご家庭の価値観、親御さんの価値観もありますから、そうそう好き勝手なことはできませんけど、子ども達が迷っていたりすると、こんな話をすることがよくあります。それは大学生講師たちにも同じことを言います。彼らもまた、指導者でありながらもまだまだ迷える学生だったりすることもあるので。

さて。いろいろご意見もありましょうが、やっぱりニコニコして夢中で仕事をしていられるのは、幸せなことなんだなぁと思います。私は少なくとも幸せなやつですね(笑) 

※写真はイメージです(笑)