「スキルを身につける」ということと、「やりたいことをやる」ということは、時々混同されていますが、実は全く違うものです。別次元に近いものがあります。

私はよく生徒にこんなことを話します。

「PC操作が出来て、ワードが打てます、エクセルが使えます、って人はたくさんいます。それが出来ないとダメだとか、もしくはこれからはPCが使えないとダメだと言って、一時期みんなこぞってパソコンスクールへ通ったものです。

で、『ワード、エクセルが出来るのはいいけれど、それで何ができるの?』と聞くと、仕事が出来ますと言うのですよ。仕事回してもらえばやりますよ?ということです。

それでは仕事にならないんですよね。元原稿があって、それをPCへ打ち込む仕事なんてほとんど無いですし、あったとしてもそれって単純作業じゃないですか?

ワードを使って、エクセルを使って何ができるのか?何をするのか?
そこが問題。ビジネス文章が打てなきゃ仕事はできないし、何が計算された表をエクセルで作るんでしょうかね? そういう表自体を作るのが仕事であって、打ち替えるだけの仕事なんてないんです。つまり、下請けの技術だけを身につけても仕方がないんですね。

やりたいことを実現するためのスキルとしてワードやエクセルがあるのならいいけれど、ただPCスクールで打ち方だけ習って来たところで、全く役に立たないと言うのが正直なところです。

私はPCを学校で習ったことも、PCスクールに通ったこともなく学びました。詳しい友達がいたので、必要なことは彼に聞いて学習しました。やりたいことが先にあって、そのためにどうしても必要だったから自分でどんどん学んだのです。決して褒められたものではない『やりたいこと』だったのですが、でもやはり『やりたい』の力は大きいわけです。これが大事なんですよね。

出来ることを増やしたり、知っていることを増やすことがまず大切なのであって、それを効率よく運用するスキルとしてPC技術などがあればいいわけです。」

という話。本当によくします。
目的と手段を履き違えている子にしますし、場合によっては保護者にもお話をします。

というのは、先日「音楽チャンプ」という番組で、元天才少女歌手が「何を伝えたくて歌っているのか」と審査員に厳しく問われていたのを見たのです。

歌唱技術はピカイチ。可愛らしいし、自身もあったのでしょう。
でも何を歌い、何を伝えていきたいかという「哲学」がないわけです。まさに、「何がしたいのか」という部分を問われたわけですよね。カラオケヒーローはプロにはなれないんです。

どうしても、人生という短い時間の中で、「やりたいことをやることが正しい」としか思えません。私もその昔、バンドを一生懸命やっていました。売れもしないし、今当時の映像などを見てみれば本当に下手くそだし、プロなんておこがましい実力だったけれど、自分の中で「やり切った」という感覚はあります。だからその後に方向転換も出来たのでしょう。

世間的には「そんなの売れないよ」という音楽だったのですが、自分のやりたいことをやったから満足です。別にいいんです。自分というものは特に無くて、世間的に売れたいという目標もありだと思いますから、それはそれでいいのです。ただ、自分がどうしたいかを考えて決める。限りなく努力する。これが一番重要なことだと思います。

日本の教育は、スキルを高めたり知識を習得する訓練は上手で、進学や就職の際に役立つ技術を身につけるのには最適ですが、「自分はどう生きたいか」「自分は何をしたいか」を考えさせる教育は「皆無」と言ってもいいと思います。

残念ながら、それを教えるような経験値のある教師が極めて少ないこと、またそういうプログラムをそもそも組んでいないことが原因だと思われます。もしかしたらそれは「公教育」の役割ではないのではないのかも知れませんね。公教育では少し偏ったことでも言おうものならガンガンとクレームが飛んできます。自分に合わないのならば他所を選択できるという「私教育」は、私学の教育よりもさらに自由です。だからこそ、価値観の合うところで、その価値観に合わせた、まさに「生きる力」を与えることができるはずです。

少子高齢化の社会の中、これからは私教育が極めて大事になってくると思います。何事も「信念」が大事で、理念を語れるのかどうかが重要です。誰かの言葉で喋るのでは無く、自分の言葉で。

何をしたいのか。どうなりたいのか。
受験生に限らず、若い子たちには常に考えておいて欲しい命題ですね。