教育などという世界にいると、どうしても世間知らずになったり、甘ちゃんであったりします。常に「自分には何か欠けているところがあるのではないか?」と疑ってかかり、常に謙虚に勉強をしたり、人から教えを請うたりする必要があります。狭い世界で生きている分、踏ん反り返ったら終わりだと私は思っています。ゆえに、「社会人」として、いや「ビジネスマン」としての勉強は常に必要だと思って生きています。

高校教員だった父は、やはり世間の動きには疎い人間でした(健在ですが(笑)) 株価の上下や景気の上げ下げには無縁の世界で生きて来たので、私は教育の世界に入ろうとした時に「かならず経済が関係しなければダメだ」というのを一本柱にしました。最終的に経済の関わる教育業ということで塾の世界に入ったのですが、残念ながら公務員・公教育にはいくら勧められても興味を示しませんでした。

のちに、商売の難しさを嫌という程知り、泣きたくなるほどの大金をドブに捨てるようなことが何度もあり、上手いこと口車に乗せられたり、上手いことものを売りつけられたり、また、買ったはいいけれど使いこなせないということも多々あって、自分で商売を作っていくことを学び続けてきました。

以前どこかに書いたかもしれませんが、今や雲上の方になってしまった某マーケティングの大先生の初期の勉強会員だった私。大学で学んでおけば良いようなことも、大人になってから1日で5万も10万もかけて学びました。様々な商売の方と知り合い、ご縁の大切さを教えていただき、塾業界の大先輩たちからも多くことを学ばせていただきました。

残念ながら私たちには子どもがいません。そう安易に子どもを育てる決心はできませんが、やはり命あるもの、そして意思疎通ができるものを育てる必要があるというコンセプトの下、犬を飼うことにしました。それがもう4年前。当塾のキャラクターにもなっているダックスです。

あくまで義弟の応援ではありますが、飲食とチョコレート販売の店の運営も経験をしています。ここでも、世間では◯◯商戦の時期… そんな世の常識から少し外れたところで生きてきたことを実感します。塾はクリスマスだ、ブラックフライデーだ、プレミアムフライデーだの、関係ないですからね。いかんなぁと思います。

さて。
そんなことで、塾は文部科学省管轄の教育業かと思いきや、実は経済産業省管轄のサービス業(学習支援業)にあたります。ですから、塾業界の人ももちろんですが、いわゆる「事業者」として、有り体に言えば、社長として色々な方々とお会いする機会やお話しする機会もあります。そして、普通にプライベートでお店に行ったり、旅館に泊まったり、乗り物に乗ったりしても、そのサービスというものが気になってしまいます。すごいサービスには驚嘆し、ダメなサービスには腹が立ったりします。

素晴らしい方々とお話しさせていただくことも多い反面、話してみるとすぐに「こりゃダメだな」というのも分かってしまいます。この人は半年で店を潰してしまうだろうなぁとか、この人にはお客がつかないだろうなぁとか。申し訳ないのですが、見抜けてしまいます。そしてほぼそれは当たります。

そして最近気付いたこと。
事業者としてのみならず、社会人として、ビジネスマンとして、とにかく仕事の上で成功できない人は、必ずと言っていいほど「勉強を馬鹿にしすぎ」なんですね。とにかく勉強しない。当てずっぽうで仕事をしています。勉強なんてしても意味がないとか、なんか役に立つんですか?くらいのことを平気で言ってしまうのです。

そういう方がいざ苦境に立たされた時、だいたいは「客が悪い」「時期が悪い」「景気が悪い」「商品が悪い」といった「誰かのせい」にして、全然自分の能力不足=勉強不足を反省しないことがほとんど。しかも、そこで懲りて勉強するかと思いきや、勉強はしません。なぜなら、それまで勉強した経験がない、そして勉強のやり方すらわからないというのが本当のところです。

塾の業界でも淘汰は常に起こっていますが、教科の勉強はしますが、経営の勉強や集客の勉強は全然しない人が多いものです。生徒がいなけりゃ塾が成り立たないでしょうに!と思いますが、いまだに「いい授業をやっていれば生徒は集まるんだ」みたいなことを平気でのたまってしまう方もいるものです。話が噛み合わないなぁと思うことも多々。

これは他の商売でも同じこと。
「お客が来ない」
と嘆く店は多いでしょうが、お客が来るような仕掛けを全然していないんだから来るわけがないですよね。なぜ勉強しないのか、本当に謎です。

私の拙い経験でしか言えないので、まさに「勉強不足」を叱られるかもしれませんが、誤解を恐れずに言うとすれば、

「世の中の苦境の9割は勉強で乗り切れる」

と私は信じています。いや、絶望的なところから、私は勉強だけで這い上がってきました。何も学歴とか、学力とか、そう言う意味での勉強ではなく、何でもそうです。自分に足りない部分を突き止め、その知識を得て活用する。そういう「勉強」で、世の中の困難は9割方乗り切れます。そんなものです。まれに本当にどうにもならない「運の悪さ」というものに巡り合ってしまうケースもありますが、それでもその運の悪さを乗り越える方が多いものです。

そう思えるか、苦しい時に勉強し、努力できるかは、正直、幼い頃からの勉強の体験が大きく影響します。大人になってから急に勉強を始めてもなかなか人間は変わるものではないと思っています。勉強の威力を知り、幼い頃から勉強をする経験を積み上げ、大人になってからも勉強するのは苦ではない人間になって、勉強もサッと短時間に出来る方法を身につけていれば大人になってから仕事上の成功にも近づきます。裏返せば、勉強嫌いを作ってしまったら、おそらく仕事的な成功は望めないでしょうね。

苦境に立った経営者や事業者は、勉強なんてしても…と言います。もちろん来月まで持つか持たないかなんていう場面で「勉強しろ」は通用しません。来月の運転資金が必要なんですから。でも、勉強している人間ならそんなひどい苦境に立つこともないだろうし、常に勉強をしているだろうし、苦境の解消に向かって動き出すはずです。しかし、そういう方に限って、本当に勉強をしない。現場の感覚と、「必要なことだけ最低限に」という学びしかして来ないので、トータルで総合知識になっていないから底が浅すぎるのです。引き出しが少なすぎ。

勉強を舐めすぎ。
勉強を馬鹿にしすぎ。

仕事が出来ない人間になるだろうなぁと思います。そんな子を育てちゃいけないんです。桜学舎は真剣にそう思っています。

「学びは人生の問題のほとんどを解決に導く」

と、本気で思っています。私も経験してきました。
若い頃勉強しておかないと、大人になってから苦労するというのも本当。
ただし、どこの大学を出ているかとかそういうのが徐々に通用しなくなってきているのも事実です。
いい大学を出ていないと苦労するとかいう学歴主義の話ではなく、学ぶ力がないのでほぼ成功しない ということなのです。 学習能力は将来の仕事能力を左右します。

イチからきちんと順序よく積み上げた子は、実に大人になってもしっかりしています。
つまみ食いみたいな勉強をしたり、勉強を馬鹿にしているような人は、将来仕事で成功なんて出来るわけがありません。

子どもに、受験勉強を一生懸命やらせる意義はそこにあるんだと思います。