長いこと大学生をやっていた私。塾の講師も、その頃から続けていたことですが、今やすっかりそれが本職になってしまい、6月で半世紀を生きることになりますから職歴30年といったところでしょうか。

一体若い頃は何をしていたのだ?というと、まぁ、いわゆる「バンド」をやっていたわけです。時はイカ天ブーム真っ只中。初代イカ天キングに先輩がいたというのもあったり、わりとプロに近い方々がいる部活に所属していた関係で、やっぱり「音楽で食えたら楽しいなぁ」なんて思ってしまったわけです。今にしてみれば「何を勘違いしてんだか?」というところですが(笑)

ただ、顧みれば、一つ上の先輩はしっかりコンポーザーとしてお仕事をしていますし、同級生もプロの歌手?俳優?になりましたし、コンポーザーもいます。後輩でTVの構成作家をやっている人もいたりして、やはり「本物」になっていく人たちも多い環境でした。私が影響されちゃうのもわからんでもない話です。苦労ばかりしていた気がしますが、それでも東京のみならず、いろんなところでLIVEをし、月に何本かのペースでステージに上がっていました。一時期は自称・ファンを名乗る子達もちょっとだけいたりしてね(笑)

思い出してみれば、都内、吉祥寺Be-Point、目黒LIVE Station、渋谷Take Off 7、新宿Sound House、原宿Los Angels Club、原宿RUIDO、四谷Four Valleyのほか、近郊でも、石川町・ジーンジニー、本八幡・ルート14、市川・クラブGIO、鴨宮はなんつったかなぁ?(笑)、そして川口・モンスター。もうなくなっちゃったライブハウスが多いのでしょうかね。

その川口・モンスターには何度も出演したことがありますが、当時、ちょっとブームが去った後の「サブラベルズ」というバンドと対バンをしたことが何度かありました。私がレコードでかなり聞いていたバンドで、ヘビーメタルの三羽ガラスと言われたほどの実力を持つ、メジャーデビューしたバンドでした。私たちとやっていた頃は、メンバーチェンジをして、メジャー契約も切れている時だったかと思います。メジャー時の勇姿は ↓ こちら!

https://youtu.be/bHUnzQ_v8io

その何度かのライブの中で、実は感動したことがありました。
「金曜日はサブラベルズの日」と銘打たれていて、毎週金曜日のトリはサブラベルズが出ていた頃の話。私たちは対バンで出してもらっていたのですが、正直、川口でライブをやってもなかなかお客さんが呼べませんでした。数名のお客さんしかいないライブ。これが結構キツイんです。お客がいないってのは、本当に辛い。私たちはちょっと心が折れてしまって、チャチャっとステージを済ませて楽屋へ引き上げていきました。

その後のサブラベルズ。
残念ながら私たちのお客さんすら帰ってしまい、サブラ目当ての女子が数名のみ。あとは私たちや出演者たちが客席で見ている状態。いや、演奏はハンパなく上手かったし、私はこんな間近で見せてもらっちゃってラッキーでしたが、でも実質のお客さんは2〜3名。

ところが。
プロというのは全く違います。私たちなんて心が折れて、這々の体で楽屋へ逃げ込む始末でしたが、プロは本当に凄い。いくら数名のお客さんでも、手を抜くことはありません。MCでも、

「お前らのパワーを明日は名古屋に持っていくぜぃぃぃ!」
と絶叫!

会場からはパチパチパチと数名の拍手。でも、それでも、ホール満員のお客さんの体でステージをこなします。少ないお客の前でも、プロとして完璧なステージをこなす。ここが何よりスゴイ。これがプロってもんだと、本当に心から感心しましたし、改めて「プロ根性」というのを学ばせてもらった気がします。

反面、集客できないことの悲しさ、恥ずかしさは嫌という程知りました。日程的な問題や、こちらのモチベーションの違いから、私たちのステージもお客が入るライブと入らないライブがありました。今はホームページが作れて、ブログやSNSがあるので、どんな情報でも発信することができますが、当時はDMくらいしかありませんでしたから苦労はしました。でも、やっぱりお客を集める、マーケティングをするという点においては勉強が足りなかったなぁと今だに思います。くわえて、お客のいないステージに立つ悔しさと切なさは身を以て嫌という程体験しました。

今、塾のイベントなどでも「集客」について厳しいのは、その頃鍛えられたものなのだと思います。そして、少ない生徒の前でも全力で授業をしたり、プロとしてあるべき姿を考えたりするのは、やはりこの時期に経験したことが大きく影響しているように思うのです。

若い頃経験したことはなんでも役に立つなぁと、今更ながら感じています。