真面目な子、真面目な保護者ほど、学校や人間関係に悩んでしまうことが多いように思います。
最近、「塾」という枠組みを超えて、不登校の悩みや親子関係の悩み、学校での人間関係の悩みなど、様々な悩みことが持ち込まれることが多くなりました。もともと余計なお節介でいろいろと悩みを聞いてあげるという塾としての体質はあったのですが、それでも最近多いなぁと思うことも。

その中で思ったのは、
「みんな結構真面目だなぁ」
ということ。言っては申し訳ないのですが、外側の人間から見ると「そんなん、どーでもいいじゃん!」って思ってしまうことも、本人は結構真剣に悩んでいたりします。それがかなり深く深くなっていってしまうと、それこそ「パニック障害」を起こしたり、胃腸炎になってしまったり、激しい倦怠感が出てきたりと、本当に体に影響が出てしまいます。学校にも行けない、そんなケースがあるようです。

卒業生の話を聞くこともあるし、在塾生がそんな風に陥ってしまうこともあります。戻れる場所が桜学舎だと言って、第三の学習の場として、また自分の居場所としてここへ戻ってくる子もいます。そんな子がいた、というのがきっかけで通信制高校の学習センターにもなりました。

いろんなケースを見ていると、共通していることは、みんな、
「…ねばならない」
というフレームから脱出出来ていないということです。
「理想」というか、「かくあるべし」という規範意識が強い人は、どうしてもその「規範」に縛られれるケースが多いようです。だから、その「〜ねばならない」のに、「そうでない自分」「それが出来ない自分」がいるので、そのギャップを納得出来ないのです。だから、「ダメな自分」に直面し、自信を失ったり、自分がおかしいのではないかと思いこんだり、周囲と顔を合わせられないと思い込んだり、人間関係が嫌になってしまったり…

自分で自分を縛ってしまっているように感じます。

親御さんも真面目な方が多いものです。ゆえに、お子さんが「こうあるべき」という型にはまっていないと「ダメなんじゃないか?」と思ってしまうわけで、お子さんを頭ごなしに否定してしまったりします。だから親子関係が悪くなる…

よく考えてみれば、教育も、学習も、学校生活も、人間関係も、すべてすべて「楽しく生きること」が目的。これがともすると、「生きる」ことばかりがクローズアップされて、勉強ができなかったり人間関係が上手くいかなかったりすると、「楽しく」が抜けてしまうことが多々あります。


「そんなことじゃ生きていけない」

と言い続けてしまいますが、その前に、

「楽しく」

が重要。多少お金が少なくても、楽しく生きられなかったら意味がありません。もっと俯瞰した考え方が必要かな?と思いますし、それを大人が言ってやらなければいけません。楽しく生きることが重要なんだと。悩んでていても、あーだこーだと堂々巡りしても、引きこもっていても、人間「歳はとってしまう」のであって、それを続けていても幸せは来ないわけです。破滅しか待っていない人生を歩ませちゃいかんなぁと、少なくとも私が関わった子どもたちには思っていたりするわけです。

そのためには、 「…ねばならない」というフレームから脱出しよう、と思うわけです。