10年目、ようやくのお休みということで、スタッフに無理をお願いして1週間のお休みを頂きました。ありがとうございました。

とにかく夫婦で、二人で旅に出るという「原点」に戻り、また今までいろいろ不義理をしたり、きちんと真摯に人生に向き合う時間がなかったりしたので、一度「整理」という形を取りたかったのもあります。いずれにせよ、出かけられてよかったと思っています。

今回は、海外とかではなく、実は「奈良」「京都」へ。
妻は何度か行っていますが、私は実は何と!奈良は初めて。修学旅行というものが無い高校に進学し、なぜか修学旅行が尾瀬沼という千葉の中学校で育ったので、奈良京都に行く機会がありませんでした。それでも妻が京都好きなので、結婚前から何度か行ったり、仕事でも毎年行くようになり、京都は意外に地図が頭に入ってきました。が、奈良はどうしても足が向かなかったところ。県境を超えるのもじつは初めてです。

2018-10-01 00.45.16「伽藍配置の旅」
というテーマを見つけて、様々な寺社仏閣がある中で、飛鳥時代以降のお寺の伽藍配置の変遷を見ながら参拝をしようと思ったのです。これは高校&浪人時代「日本史」で勉強したところ。私は高校日本史の教科書が捨てられなくてずっと取ってあります。必死で勉強しましたからね。この伽藍配置の変遷を見たいと思った理由はよく分かりませんが、なぜか惹かれるテーマでした。結論としては、時代が下るにしたがって、「塔」が徐々に意味がなくなっていくことで中心から外へ出されていくようになるというのが面白いなぁと思ったのですが、何と!それが教科書に書いてありました(写真参照)

これが受験勉強なんですよね。
伽藍配置の違いや「何とか寺式」というのは一生懸命覚えましたが、どういう変遷をたどったのかとか、どういう理由や背景があるのかというところまではよく読んでいないし、「そんなのはどうでもいい」「試験に出ないからいい」という風に考えていたように思います。 でも、ちゃんといろんなことに意味がある。そしてそれを実際に見に行くといろんな事がわかる。勉強は重要だなぁと、そして詰め込み教育ではない学習が大切だなぁと、改めて思いました。

2018-09-23 15.28.27奈良初日。午後2時過ぎに到着し、ノープラン。
この旅は基本的にノープランです。現地でガイドブックを買い込んで、ホテルで計画を立てて行動。決まっているのは日程だけ。初日、迷いましたが流石にもったいないと思って、一つだけ、「大安寺」に行くことにしました。伽藍配置図の最後のお寺ですね。

南都七大寺(興福寺・東大寺・西大寺・薬師寺・元興寺・大安寺・法隆寺)の一つで、1000人近くの学生(がくしょう)がいたという大きなお寺だという認識でタクシーで向かいましたが、どうも小さい。間違えたか?と思ったのですが、何と現在残っている境内は中門跡あたりから左の一角のみ。伽藍の配置は大きく変わったようです。残念…

2018-09-23 16.07.412018-09-23 16.09.16と、そのまま帰るような私じゃありません(笑)
よく見ると、「塔跡」の表示が門外の小道に。これは!と思って脇の小さな道をどんどん進んでいくと、小さな森を抜けてパッと開けたところへ。何とここには左右に台座らしきものがあり、東塔・西塔の跡とあります。

えーーーーっ!
でっか!
奈良侮れず!

左右に広がる塔の跡のこの距離感。
昔はすっごい大きなお寺だったのですね。 あまりにも大きくてビックリしました。最初から大感動の伽藍配置の旅。教科書のいろんなことが徐々に思い出されてきます。

夜は餃子の王将(笑)
そう、今回は本当にバックパッカーみたいな旅行を夫婦でしたので、ご飯も基本的には粗食です(笑)
ーーーーー
2018-09-24 10.36.33どの順で回るか、天気とも相談しながらだったので、2日目は外したくない法隆寺へ。
そりゃ法隆寺ですよ。見なきゃならんです。

釈迦三尊像。
百済観音像。
夢殿救世観音像。
玉虫厨子。

見たいものだらけでした。
2018-09-24 10.55.472018-09-24 12.16.53修復工事もしていたので、風情に欠ける部分も当然あったのですが、基本的には見たいものを見ることが出来ました。百済観音像の意外なる大きさに驚いたり、玉虫厨子はつい最近本物の玉虫を見たばかりなので、再現されているものを見ても美しさが想像できました。

夢殿の救世観音像は残念ながら行った当日は非公開。
10月に公開されるのだそうです。残念。
この後、ちゃんと瓦を1枚寄進して名前を書いてきました。この旅ではかなり「御朱印」が集まりました。使いかけのものは1冊終わり、途中で2冊目に突入です。 

法隆寺の後にすぐ裏の中宮寺へ。
ここは何と言っても「天寿国曼荼羅繍帳」です。コレを見なきゃ。
展示されていたのはレプリカでしたが、満足。良かったです。これもまた日本史の教科書のスポットでした。

2018-09-24 14.53.002018-09-24 15.01.03ここから足を伸ばして、近鉄で橿原神宮前駅へ。
バスに乗り換えて、明日香へ。
まずは飛鳥大仏のある飛鳥寺。飛鳥寺式伽藍配置を見に。
ですが、残念。こちらもだいぶ境内は小さくなって、当時の形は残っていませんでした。ただ、教科書で見た釈迦如来像(飛鳥大仏)の作者「鞍作止利」を思い出し、あ!法隆寺の釈迦三尊像も鞍作止利だった!と思い出し、いろいろ整理が出来てないものだと反省。(飛鳥大仏は写真撮影OKでした)

2018-09-24 15.37.25さて。
次は石舞台古墳。
ね。不思議ですよ。何でこんな巨大なものを造営できたのだろう?
蘇我馬子の墓とされているようですが、盗掘後に発見されたのだそうですから、詳細は不明のようです。

石舞台を見たのなら、高松塚やキトラも見たかったのですが、ちょっと時間が足りません。こりゃ第2回が必要だなぁと思いながら明日香を後にします。

橿原神宮前駅に戻り、次なる目的は「藤原宮跡」
694年に作られた藤原京。大和三山の中心に位置し、三山を見渡せるところにあるので、是非と思ってタクシーの運転手さんに連れて行ってもらいました。

「春過ぎて 夏来にけらし 白妙の衣干すてふ 天香具山」(持統天皇)

これもひとつ私の中で重要だった場所です。30年も古文を教えていて、天香久山に来たことがない。
来てみれば、山と言えないほどの低い丘。でもきっと持統天皇は、この山に白い衣が干されているのをみて夏の到来を感じたのかと思いを馳せることが出来ました。

2018-09-24 17.05.122018-09-24 17.05.362018-09-24 17.05.211枚目、藤原宮跡と正面は耳成(みみなし)山。
2枚目、ちょっと歪なのが畝傍(うねび)山。
3枚目の手前、低い丘みたいなのが香具山(かぐやま)です。以上が大和三山。平らなところにポコッと山がある感じです。

2018-09-24 17.24.482018-09-24 17.37.12この後、今度は橿原神宮へ。
知らなかったのですが、本当に大きな神社なのですね。スゴイや、こりゃ。初代、伝説の神武天皇を祀った神社ですから、明治神宮並みの素晴らしい神社なのですが、実に静か!人いない!(笑)

閉門ギリギリに飛び込んで参拝したので、ほぼ貸切状態。素晴らしい参拝になりました。

2018-09-24 18.58.53一休みして、途中近鉄からJRに乗り換えて、奈良に戻りました。

この時点で奈良にかなり感動していました。
修学旅行生もかなり見かけましたが、正直、通り一遍の説明を聞いていても全然面白くないし、勉強にもなってないでしょう。修学旅行こそ社会の先生頑張れ!と思うのですが、どうもそうでもないらしい… 修学旅行って何なのだろう?と思ってしまうシーンもありました。

また、外国人観光客も実に多いのですが、これもまた問題あり。少なくとも寺社仏閣の参拝の仕方くらいは教えてやれよ、と思ったりして。ガイドさんもそういうところを大切にしていないし、実に手持ち無沙汰な外人さんが多いものです。日本観光をガイドをするサイトがいくつもあるのですから、その中にHow To Prayを教えてあげればいいのにと思います。

3日目以降のお話はまた後ほど。