このところ、ようやく話題になってきた皇族の減少。
皇位継承問題もようやく真剣に皆が焦り始めた気がしますね。現在は皇室典範によって男系男子によって天皇は継がれていることになっていますが、皇位継承の順位は秋篠宮様の次は悠仁様になり、現在の天皇陛下の家系ではないことが予想されています。

対策として失われた宮家の復活とか、女性天皇を認めるとか、女系を認めようとか様々な議論が出てきていますが、女性の天皇の時代がかつて10代ありました。これ、高校で日本史を選択すると学習することでして、結構重要な時期に女性天皇が存在したりしました。

推古天皇は女性、だから摂政がついた、それが聖徳太子」だと習いましたよね? または、「摂政とはどのような場合におかれる役職か?」という設問もよくあります。「天皇が女性か子どもである時」と答えることになっていますが、女性が天皇になる事があるのはこの時代からあったことなんでしょうね。

皇極天皇斉明天皇は実は同一人物。大化の改新後に今回のように「譲位」をして天皇の座から退いたものの、後に再度即位することになるのですが、これを「重祚(ちょうそ)」というのは日本史でよく問われる事項。

持統天皇は「春過ぎて夏来にけらし白妙の 衣干すてふ天香久山」で有名な女性天皇。藤原京遷都の際の天皇でしたね。確か天武天皇の奥さんだった気がしますが… 

元明天皇は、「何と(710)立派な平城京」の遷都の際の天皇。この時も女性天皇だったのですね。続く元正天皇も女性天皇。奈良時代は女性天皇が続いたりしたのですね。

孝謙天皇称徳天皇も実は同一人物。重祚です。調べてみると、奈良時代、女性天皇多いなぁ!

明正天皇はいきなり飛んで江戸時代。寛永年間に後水尾天皇が突然譲位した天皇で、確か幼かったと記憶しています。
 
後桜町天皇は明和年間という、実に「何もない」時期に天皇になりました。


こんな歴史から、女性天皇はこの国の歴史の中では「アリ」なのでしょうが、やはり全て「父方の血筋を辿ると必ず神武天皇につながる」という男系を守ってきた歴史があります。そういう意味で、女性天皇が認められれば、愛子さままでは資格アリということになります。男系ですからね。ところが、愛子さまのお子さんは「女系」になってしまうので皇位継承権がなくなります。この場合は女系を認めなくてはいけない。難しい問題です。

女系を避ける理由は、女性皇族が外国の人と結婚したとしても、女系を認めないことで外国の血筋が皇族に入らないようにしているのだというのが最近読んで腑に落ちた話。

本当かどうかはわかりませんが、そういう考え方もあるんじゃないかな?と思います。

生徒から「女性天皇」「女系天皇」の違いを聞かれることもあるでしょう。私的な思想信条にとらわれることなく説明が出来ることはとても重要だと思っています。この皇族の問題、皇室典範の改定の問題は大いに議論されるといいと思います。

しかし、一般参賀に14万人!
平成の改元の際の参賀よりも人が多かったそうです。
やはり天皇陛下は国民統合の象徴であり、一度はお目にかかりたいと思う人が多いのですね。 

ちなみに、お土地柄、時々上野の美術館などに皇族の方々がいらっしゃることがあって、付近が警備だらけになることがあります。あ、どなたか来るのだな…と思って、外へ出てみた瞬間、目の前の車で手を振る雅子様を見たことがあります(笑)やはり、「うわー!」ってなりますね!