毎週木曜日0時に公開している「下町塾長会議」

今週の公開はまだ「お題」を決めてのTalkなのですが、実はこの先数回、「Q&A」コーナーがあります。実は現在までに31件のご質問をお寄せ頂きました。本当にありがとうございます!

ただ、フリーの方や他塾の方からの質問が多かったので、「あれ?桜学舎からの質問は来ないのかなぁ?」「みんな見てないのかなぁ?」なんて思っていたのですが、ようやく桜学舎関係者から質問が来ました!(笑)

で、見てみると、結構深刻というか、「大きい話題」でした!
こりゃ順番待ちして、31番目にお答えとなるといけないなぁと思って、先にブログでお返事を書いてみたいと思います。

ご質問はこれでした。

「勉強の目的(塾で教えている国数英理社等を勉強する目的)はなんでしょうか。」

大きい問題ですね。
きっと漠然と「何で勉強なんてやらなきゃいけないんだ?」と思っているのだと思います。察するに、生徒かな??(笑)

でもね。
これ、私達に質問してくるってことは、今まで誰もこの疑問に答える大人がいなかったということでもありますよね。いや、下手をするとこの疑問を初めて発したのかもしれないなぁとも思いました。つまり、もしかしたらこの疑問の答えを持っているのかもしれないと、私達に期待をしてくれたのかもしれませんね。

もちろん、私の答えが「正解」ではないと思います。
これは予め言っておくことです。
だから色んな人にこれからこの疑問をぶつけながら生きていくといいと思うのですが、私が常に生徒に言っている回答を記します。

ーーーーーーーーーー

今、英数国理社と科目分けされている勉強は、音楽・美術・体育・技術家庭もぜーーんぶひっくりめて「よのなか」というものになっています。子どもたちは、これから先、自分で生きていく「よのなか」にある事象を学んでいるわけで、 原則何が必要で何が不要というものではないのだと思います。

まったく「よのなか」のことを知らないで「よのなか」に出ていくと、動物に例えれば、あっという間に狼に食い殺されたり、強いものに追いやられたり、いや、そもそも自分で餌を取って生きていくという知恵さえないと即死(笑)です。動物の親でさえ餌のとり方や最低限の知恵は子どもに教えることもあるわけで、より複雑な人間社会であれば、ある程度の知恵を持って「よのなか」に出ていく準備をするよう教育システムが作られているのは当然でしょうね。

漠然とした「よのなか」をざっくりと全体的にとりとめもなく学習すると、あまりに多岐に渡りすぎてまとまらない。そこで、共通性をもった事象をグループ分けして分類したものが「科目」だと思うのです。言葉系のものは「国語」、数字を使って考えるものは「算数・数学」といった具合です。

「よのなか」にあるものをすべて実際に見に行くことは出来ません。社会だって、日本中の史跡を見て回ることも出来ないでしょうし、全てを実地で学習することは膨大な時間も費用もかかります。だからバーチャルで学習することが必要になってきます。そのベースになるものが「教科書」でしょう。読書も同じですが、本を読むことは「他人の経験を簡単に追体験し、得ることが出来る」というメリットがあります。机上で学習してしまえば、だいたいのことが分かってしまいます。

これがいわゆる「勉強」です。

感情表現の殆どを「ヤバイ」で済ますような人や、自分の理解できないことを全て「ムカつく」で済ますような人は、やはり正確に相手に物事を伝えられないし、自分のことも理解してもらえないのでストレスフルになります。人とコミュニケーションを取ったり、仕事をしたりする場面になると、やはりこの力の有無は大きな影響を自分に与えてくるでしょうね。だから国語が重要。

外人と喋らなくても、これから必要となるスキルのプログラミングを始めとするPCの中身は全て英語。そしてボーダレスのグローバル社会になってくれば英語を英語として理解することすら必要になってきます。海外とのやり取りは当たり前の世界。英語は向こうからやってきてしまう時代です。これもインターネットが普及した大きな影響ですね。ですから最低限の英語も必要。

数学的な考え方が出来ないと、論理的な思考や物事の進め方、科学的なものの見方が養えません。加えて、図形の学習などは「多面的なものの見方」の練習になると、ある有名な数学者の先生がおっしゃっていました。正直なところ、経営をするにしても、PCで仕事をするにしても、何にしても数字が関わらない世界はありませんし、数字に弱い人はあまりお金にも恵まれていない気がします。その筆頭は私(笑) 私はもっと数学ができたら良かったのにと本当に今でも思いますよ。

日本のどこに何があって、どんな歴史があって、何が有名なのか。観光も出来ないのはちょっと心配ですし、この国の政治や自分の生活における家計、税金の使われ方など、知らないでいいというのもちょっと心配ですよね。ココは「より良く生きる」という知識教養の部分。だから社会も大事。

理科的な知識が無いと、酸性の洗剤とアルカリ性の洗剤を混ぜて変な気体を出して命の危険にさらされるかもしれませんし、変なところにレンズになるものを置いておいて火事を引き起こしてしまうかもしれません。電気が無ければ生きていけないでしょうし、いろんな生き物に出会って対処に困るかもしれません。最低限の知識はあったほうがいい。



残念ながら高校生までの勉強は、役に立つ段階ではなく、その「ベースになる」段階のものなので、直接的にどこかに役立つことが少ないので「やっても意味がない」とか言い出す人も多いわけです。かつて何人もこんな疑問をぶつけてくる子はいました。でも、これ以上の答えも、これ以下の答えも無いような気がします。

世の中では、ホリエモンのようないろいろな新しいことに挑戦する人々が今の「学校教育」を否定するような発言をしています。でも彼らの言うことの本質はそこにはないのでしょう。だってホリエモンだって東大に入っているわけで(すぐ辞めていますが)、ベースとなる基礎知識は持っているわけです。あんなもん、普通はわかるだろ?的な立ち位置から、「学校で習うこと」が役立たないと言っている気がします。

だた一つ。
絶対に勘違いしてはいけないことがあります。
それは、「点数を取ること」が勉強の目的ではないということです。

勉強に疑問を持っているということは、大前提として「勉強をやりたくない」「成績が悪い」、イコール、「何で勉強なんてやらなきゃいけねーんだよ?」という流れになっていると思います。

ただそれはほとんど、周囲から「点数を取れ」と言われている可能性が高いのです。
しかし、本当に心から思いますが、「点数を取れ」ということだけを言う大人は信用しなくてよろしいです。 同じく、「高校にいけなくなるから勉強しろ」「大学に入るために勉強しろ」という大人も、きっとダメだと思います。

勉強をそうとらえ始めたら、ぶっちゃけ「終わり」です。
それはたとえ受験生であってもです。
点数を取るためのテクニック、何の意味もない語呂合わせ、単なる傾向と対策、そんなことを勉強だと思ったら大間違いです。そんなものは「塾・予備校」のお家芸であって、決して学校で学習するような代物ではありません。

例えば、英語。現在完了を勉強しているとします。

問題集などで勉強を進めると、結局いくつの問題で◯が付くのかということが「勉強が出来た、出来ない」という評価に繋がります。先生も、親も、結局そこを見ていることになりますよね? でも、塾で英語のテキストを使って学習させている立場からすれば矛盾していると思われるかもしれませんが、あんなテキストで全部◯がついたところで英語ができるようになるかと言われたら答えはNOです。それが勉強かと問われたら、それもNOです。

英語など、所詮文章が読めて、書けて、聞けて、話せればいいのです。
空欄(   )が全て埋まって丸がつくとか、上の文章を下に書き換えるとか、選択肢a,b,c,dから正解を一つ選び出せるとか、そんなことが英語力だと思ったら大間違い。そんなことが出来るようになる能力を磨いているわけじゃないのです。だから、英文の「中身」、つまり「意味」が分からなきゃ全くの無意味なのです。

でも、現在完了の単元を学んでいると、基礎問題などは何も考えずに(      )にhaveかhasを入れるなんてことをして◯がもらえる問題も出てくるのです。極論を言えば、その問題の例文の意味が分からなくても◯がもらえて得点できればいいということになりますよね? それを「勉強だ」と勘違いされたら、きっともう英語の学習などアホらしくて到底出来ないでしょうね。そして将来英語に興味を持つこともないでしょう。

時々、英語長文を読むコツを教える先生に、「わからない単語は推測して読むか、ある程度無視しろ」という方がいます。これも、何を言っているかと言うと、「勉強の本質的なやり方」ではなく、「試験を受ける時になんとか乗り切る方法」を教えているに過ぎません。本質的な勉強をするのなら、わからない単語は辞書を引き、正確に意味を捉えて理解できればいいのです。

「直接設問に関係ない部分は放っておけ」

という指導が、本質的な勉強であるわけがないのです。それは「受験テクニック」なのです。

残念ながら、大人ですらこの「勉強」と「受験テクニック」を混同して、点数を取ることが重要だと子どもに教えてしまうケースが頻発しています。そんなことを習えば、一体何のために勉強するのか、大学に入るため? いい会社に入るため? そんな疑問を子どもが持つのも当然です。だって中身に全然興味が行かないんだから!

最近、受験だ受験だと口うるさい高校も多くなりました。予備校化している学校もかなりあります。口を開けば大学合格実績だという学校も。でも、それじゃ予備校です。相当予備校化しています。私達のお家芸を取られてしまった気がします。そして、おかしなことに、塾屋が「教育」を語るという逆転現象(笑)

でも、私は間違ってないと信じています。
中身が分かってこその勉強。点数を取ることではなく、その知識を得ることでまた新しい世界が広がり、見たこともない世界へ足を踏み入れていくことが出来る、だから「学び」が必要なんですよね。

もうひとつ。
これも何度も色んな所で話している内容ですが、

「モルディブ」

という国を知っていますか?という話。
インドの南西。サンゴ礁の島々からなる美しい国です。観光でしかいけませんが、白い砂浜と青いインド洋。小さなサンゴ礁の島一つ一つが1軒のリゾートホテルになっていることが多く、水上ヴィラという海の上に建てられた小屋に宿泊。朝起きて目の前の海でひと泳ぎして、ブランチなんてリゾートが楽しめるこの世の天国みたいなところです。

行ってみたいですか?と聞きます。
写真集なども見せたりして、聞くのです。

私はまだ正直なところ、行けてません。
でも、私がそれを話した教え子は、もう何人もモルディブを訪れています。最高でしたと教えてくれました。新婚旅行で行った子もいます。

「先生が教えてくれたのをずっと覚えていて、新婚旅行で必ず行こうと思ってました」

と。

でもね。
知らなかったら、一生行かないんですよね。
そもそも、行こうとも思わない。だって、知らないんだから(笑)

知らなければやろうとも思わないことが「よのなか」にはたくさんあります。
やりたいことなんて見つからない、そんなの当たり前で、中学生や高校生に「やりたいことを見つけろ」なんて無茶なことを言う大人もどうかと思います。

もっと学べよ、中高生。
知らなきゃやろうとも思わない。君たちはまだ世の中のことをなーーーんにも知らない(笑)
何も知らないから平気で親や大人も馬鹿にできるのですよ(笑)
その、今のうちに、怖いもの知らずのうちに、思い切りいろいろな学びをしてしまうべきなのです。

繰り返しますが、点数を取ることが勉強じゃありません。
ただし。
勉強すれば、知らないことを学べば、自動的に点数は取れるようになります。当たり前でしょ、知らないことがわかるようになるのだし、知識が増えるし、知識が増えればその知識を使って考えることが出来るようになるから。

頭の中にあることが少なすぎるから、何も「運用」出来ないのです。
学ぶことが苦行だと思っているうちは成績も伸びないでしょうし、悩みも深いでしょう。
でも、その疑問に立ち向かうことが重要です。

さて。
どうでしょうか。
少し疑問が解決の方向に向かうといいなぁと思います。