デジタルだ、Society 5.0だ、オンラインだと言うと、

「温かみが無いんだ……」

とか、

「対面教育じゃないとダメだ」

とか、

「人間教育は人がやるものだ」

とか、随分とトンチンカンなことを言ってくる人がいるものです。

桜学舎でも既に、島根県の西ノ島をはじめ、千葉県の松戸市とオンライン授業を実施しており、これからいよいよ北海道釧路市でオンライン指導が始まります。

先日も、「オンラインで指導することに可能性を感じる」と話すと、鬼の首を取ったような半笑いで、
「オレは人と人のコミュニケーションを大切にした教育が大事だと思ってるんで!」
とぶつけて来る人がいました。

でも、それって、Excelで表作ったけど、計算とか入力は数字把握のためにも「手入力計算」じゃないとダメだよね、って言ってるのと同じじゃないですかね?

人と人のコミュニケーションを大切にした教育が大事だと思っているからこそ、それ以外のところの問題を「機械で」解決してしまわないといけないということなのにね。通塾とか安全性とか、そういう部分を人が担わないで機械が解決することで、先生は生徒とのコミュニケーションや授業内容に専念できるというメリットがあるわけです。デジタルを駆使することで、教材をプリントしなくても、黒板を書かなくても、見やすい図や分かりやすい教材をすぐ送ることすら出来ます。

どの業界だって人が足りないんだから、機械で出来る部分はやる、人しかできないところに人が注力する、そうしないと成り立ちません。機械で出来る計算をいちいちそろばん弾かないとダメだというのは頓珍漢だし、古すぎるし、非効率的。

そもそも、オンライン指導の方がかえって教師・生徒間は身近に身近に感じられるというもの。我々のアンケートでも一般的なオンライン指導の調査でも、同じ結果が出ている。通信手段を通すと息遣いの聞こえない指導になると思い込むのは如何なものか。会わないとダメで電話だと通じないと言っている人が現代において一体どれくらいいるのかという話です。

若い人にも通じるように、これからの仕事の形、新しい効率、つまり、将来の展望と未来への期待を示せないと、若い人なんて来てくれないのではないかと思います。


実は、小規模な塾の業界ってこういう新しい仕事を作ってきませんでした。旧態依然で、「オレの授業が最高」で、オレがオレがの世界。持続可能な仕事を作って来ることもなかったし、未来につながる仕事や社会貢献度の高い仕事を作ってくることもなかったと思います。

「若い先生が業界に入って来ない」「業界の高齢化が問題だ」と言われるけれど、実は塾の先生が上記のような仕事を作ることをサボってきたからに他ならないのだと最近思うのです。若い先生はどんどん先へ行ってしまっているだけで、私達はそのあたりを自覚しなきゃいけないのだと思っています。

未来が無い、変革や進歩がない、バージョンアップしない。
自分達だけが稼ぎ終わればあとは若い人がどうぞ、では誰も業界には入って来ないでしょう。
いや来たとしても、私達のことなんて見向きもしないはずです。
全く別物と考えるでしょうね。

「これから」を見ている人たちと行動しないと滅びる、と私は思っています。
そういう意味で、老体に鞭打って頑張っています(笑)